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現実社会を幸せに生きるための教育

2020.05.11文部科学教育通信掲載

今から10年前に、ハーバード教育大学院では、未来の教育に関する研究会が開催されていました。ハワード・ガードナー教授を中心に、研究者が主催した会でしたが、探求型で未来の教育を創造することを目的とし、正解を前提としない研究会でした。学校の教員校長、教育委員会と、様々な関係者が集まり、教科学習、テクノロジー、脳科学、デザイン思考、21世紀スキル、倫理、グローバル、シチズンシップ、自律的学習等様々なテーマについて、インプットと対話を繰り返しました。

教育で教えていることと現実社会とのギャップ

研究会で初めて、Relevance GAP(教育で教えていることと現実社会とのギャップ)という言葉を耳にしました。教育には、2つのギャップがあるとう問題提議でした。教育関係者が、常に意識するのは、Achievement GAP(学習成績のギャップ)で、このギャップを埋めることは、誰もが使命と感じています。しかし、もう一つのギャップである、教育で教えていることと現実社会とのギャップについて、我々は真剣に考えているのだろうかという問いかけがとても印象的でした。その際に、事例に挙げられたのが、パンデミックでした。

学校社会と現実社会での成功

このギャップについて学んだ後、改めて教育を眺めてみると、これまでの教育は、学校社会での成功をゴールに企画設計されていることに気づきました。学校社会では、学力が最も重要な成功の評価軸です。その次が、部活での輝かしい貢献です。そして、長い間、学校社会での成功は、そのまま、社会での成功を保証した時期が続きました。難関大学を卒業した体育会系男子は、企業からも大人気です。

ところが、今日のように、早いスピードで世の中が変わり、社会で生きるために大人も、学び続けなければならない時代に、学校社会での成功は、社会での成功を保証することができないのは明らかです。しかし、教育を諦める訳には行きません。人生で最も成長が著しい時期に、人間の発達を支援することは、個人にとっても、社会にとっても、とても重要なことです。親は愛を注げても、教育の専門家ではありません。

その後、未来教育会議を立ち上げた時に、教育への願いを2つ掲げました。

・自立と共生が実現し、全ての人が、自分を幸せにすることができる社会をつくる。

・主体的に考え、相互に関わりあい、問題解決できる力を持つ人を育てる。

この思いは、今も変わらず、最近では、社会人育成においても、自分と社会を幸せにする自律型人材を育てることを目的に活動しています。

もう一つ、重要なこととして、時代の変化に合わせて、膨れが上がる教育への期待を、学校の枠組みの中で完結させるという前提も見直さなければならないと気付きました。そこで、未来教育会議が描いた教育シナリオ2030では、「社会と一緒に学ぶ学校」という言葉を使いました。学ぶのは子どもたちだけでなく、答えのない時代に生きる大人も学ぶという意味合いを含んでいます。

認知能力と非認知能力

10年前比べて、教育にはよい変化もたくさん見られますが、残念ながら、まだ、満面の笑顔で、現在の教育を讃えることはできません。今、私の頭を一番悩ませているのは、現在の教育が、子どもたちの非認知能力の発達に十分に貢献できていないことです。そして、これが、人間にとっても、社会にとっても最も重要な教育で教えていることと現実社会とのギャップではないかと危惧しています。

OECDの非認知能力に関する調査結果

国立教育政策研究所が2017年に行った「非認知的(社会情緒的)能力の発達と科学的検討手法についての研究に関する報告書」には、OECDによる非認知能力に関する調査結果について以下の通り言及されています。 その内容を引用し、ご紹介します。

OECD(経済協力開発機構)は、「Skills for Social Progress: The Power of Social and Emotional Skills」 (OECD,2015)というレポートを刊行し、社会の発展及び個人のwell-beingにつながるような、我々人間が持つ様々なスキルとその教育に関する発表を行っている。

このレポートでは、人のスキルを認知的スキルと非認知的スキルに大きく整理して捉えており、後者を「社会情緒的スキル(Social and Emotional Skills)」と呼んでいる。認知的スキルは、知識、思考、経験を獲得する能力であり、獲得された知識に基づく解釈や推論などが含まれる。 一方、社会情緒的スキルは、「長期的目標の達成」「他者との協働」「感情を管理する能力」の3つの側面に関する思考、感情、行動のパターンであり、学習を通して発達し、個人の人生ひいては社会経済にも影響を与えるものとして想定されている。

レポートでは、現代社会において我々が円滑な個人生活及び社会生活を送るために、認知的スキルと社会情緒的スキルの双方を包括的に使用することが重要であると論じられている。

社会情緒的スキルも様々な社会的帰結への高い予測力を持っており、身体的健康、精神的健康、主観的well-beingの高さ、問題行動の少なさなどを予測していた。認知的スキルと非認知的スキルが、それぞれ異なる形で青少年の社会的適応や心理的適応に関係していることが明らかにされている点が注目される。また、スキル間の関連と発達に関して、例えば、14歳時点で測定された認知的スキルの高さが、その翌年の時点における認知的スキルの高さを予測することが示されており、社会情緒的スキルにおいても同様に、1時点目における程度の高さがその翌年におけるスキルの高さを予測していた。「スキルがスキルを生む(Skills beget skills)」(OECD,2015)と表現されているように、ある時点でのスキルの状態がその個人の将来のスキルの状態を予測するというパターンが分析結果から示されており、それゆえに、早い段階でスキルを高めるような教育の重要性が強調されている。さらに興味深い分析として、「非認知的スキルの状態は後の認知的スキルの状態を予測する」、すなわち、高い非認知的スキルを備えている個人は、その後にも高い認知的スキルを持つことが予想されるのだが、その逆の「認知的スキルの状態が後の非認知的スキルの状態を予測する」という関係は認められなかった。高い非認知的スキルは個人の中でどんどんと蓄積されていく性質のものであるという解釈に加え、社会情緒的スキルを高く持つ個人の方が経験を通した学習効率が良く(同じ経験をしたとしてもそこからより多くの学習をすることができる)、認知的スキルの向上にとって非認知的スキルが効果を持ちうる可能性が示されている。

現状として教育や政策に関する議論等においても、非認知的スキルは認知的スキルに比して過小評価されがちであるという。先に触れたように、社会情緒的スキルは、それ自体が持つ社会的帰結への効果のみならず、認知的スキルの向上にも効果を持ちうる重要なものである。レポートは、為政者は社会情緒的スキルを無視するべきではないと指摘し、認知能力に対する教育に加えて、非認知的能力の発達やその教育にも注目していくことの必要性を論じている。

国立教育政策研究所 平成27年度プロジェクト研究報告書 非認知的(社会情緒的)能力の発達と科学的検討手法についての研究に関する報告書

③OECDによる国際調査と教育に関するレポートより一部引用

数値で表すことができる学習成績と同等あるいは、それ以上の重要性が非認知能力の教育にあることを、自分の言葉で語れるようになりたいです。

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