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人を育てる喜び

2019.07.08 文部科学教育通信掲載

最近、企業の世界では、1on1(ワンオンワン)ミーティングという1対1の面談が流行っています。ヤフーを始めとするイノベーション戦略を中核に置く企業が、いち早く導入した経緯もあり、1on1ミーティングに注目が集まっている様です。そして、最近では、人事の方が、経営トップの命令で、うちでも1on1ミーティングを始めなければならないと、慌ててご相談を受けることもあります。しかし、そういう企業では、1on1ミーティングをイノベーションが生まれる「打ち手の小槌」と勘違いしている様子で、「あれ? 人を育てたい訳ではないのですか」と質問をお返しすることもあります。

育成は関心の低いテーマ?

日本企業のビジネスパーソンに、これまで多種多様な研修を実施して来たのですが、その中でも、受講者のモチベーションが最も上がらないテーマの一つが、「部下の育成」でした。そんな経験もあり、1on1ミーティングが流行る中、最近のブームを少し、冷めた目で見ている私がいるのかもしれません。

企業が成長していた時代には、次々とチャレンジが目の前に現れ、誰もが、待った無しで成長を求められたのですが、成長が鈍化すると、人にもチャレンジが求められなくなりました。人口減少等の外的要因はありますが、もしかすると、日本企業の成長が止まったのは、人がチャレンジしなくて良くなったからという逆の見方もできます。

 

人を育てる喜び

ビジネスパーソンに部下育成を教え始めた頃、子育てにチャレンジしていました。そこで、私は、ビジネスパーソンに教えることを、次々と子どもにも教えていきました。その結果、人を育てる喜びを知ることができました。教えたことが、生かされ、人が成長していくと、とっても嬉しいです。しかし、逆に、教えや指導が役に立たないと、とても残念な気持ちになります。ビジネスパーソンが、1on1ミーティングを通して、人を育てる喜びを知る機会になれば良いと思います。

 

子どもは学びの達人

ビジネスパーソンは、学んだ知識を知識として収めておくのに対して、子どもは、すぐに使ってみるという違いがありました。

例えば、MBTIというユングの心理学タイプ論に基づく、人の志向を明らかにする理論を大人に教えると、「相手のタイプを理解するのは、難しいですね」とビジネスパーソンはいうのですが、小学生の子どもは、すぐに友達の分析を始めます。「先生は、このタイプだね。だから、僕のことを理解してくれる。あれ、僕は、内向志向だけど、親友には外向志向が多い」と、子どもは、間違ってしまうことを恐れないので、どんどん知識を試していくことができます。

もちろん、人の志向を決めつけてはいけないことは教えた上ですが、子どもは、多様性を理解するために、本当に上手にMBTIを活用するので驚きました。

 

育つ意欲

部下育成にあまり積極的ではない上司は、部下の育つ意欲を信頼していません。これ以上ストレチを求めると、嫌がるのではないか、嫌われるのではないか、パワハラと思われるのではないか そんな風に考えている人もいるようです。そのため、部下がストレッチ経験を持つ機会を提供することができません。その結果、上司は、部下育成の成功体験を手にすることができず、部下も、成長意欲を眠らせたまま、日々の仕事をこなすだけということになります。

成人発達理論では、人は、他者の支援により、潜在的な能力を大きく伸ばすことができることが明らかなようですから、部下育成にチャレンジする上司が増えることを願うばかりです。

同時に、部下の育つ意欲が、どうすれば高まるのか、あるいは、表出するのかにも目を向ける必要があります。

私は、人は誰もが、育つ意欲を持っていると考えています。仕事は、もちろん報酬を得る手段です。しかし、それだけが、仕事の喜びではないはずです。まずは、お客様や周囲の人たちに貢献する、社会に貢献することで喜びを得る。貢献という言葉に魅了されない人も、感謝され、評価されることは嬉しいし、感謝も評価もされない仕事には喜びを感じることができないはずです。また、ストレッチが好きという人は少ないかもしれませんが、マンネリはいやと感じる人は多いはずです。

そんな風に考えれば、人は、他者に貢献するために、あるいは、人々から、存在を喜んでもらえるために、誰もが育つ意欲を持っていると考えても良いのではないでしょうか。もちろん、学習と成長そのものに、強い欲求を持つ人もいます。チャレンジそのものを楽しむ人たちです。

成長と貢献を通して、実力が認められ、報酬も上がる可能性もあります。最近の言葉では、「自己の市場価値が高まる」と言えるのではないでしょうか。人生100年時代のキャリア開発にもつながります。

 

部下が求めると良い

解決策のひとつとして、部下が、このコミュニケーションをリードすれば良いと感じます。成長は、自分のために有益だからです。そのために、どんどん質問をすれば良いのです。フィードバックも、部下が求めれば、上司も伝えやすくなります。特にネガティブなフィードバックを、積極的に求める部下、フィードバックを真摯に受け止め、すぐに改善を図る部下は、上司にとっては最高の部下となります。

リフレクションの習慣を持つことも大事です。経験を振り返り、自分なりの法則を見出す。同時に、過去に縛られてしまう自分の内面を客観視し、変化する時代に合わせて、ものの見方をアップデートしていく、そんな習慣も大事です。

1on1ミーティングの研修も、現在は、上司が中心ですが、部下の学ぶ力を高めることが、上司の指導力を上げていくためにも有効ではないかと思います。学び上手な人と関わるのは楽しいです。

 

一生の育ち

マルチステイクホルダーで未来の社会、未来の人、未来の教育について考える未来教育会議で、昨年、人一生の育ちレポートを作成しました。その中で、私が一番知りたかったことは、「人は、潜在的な能力をどこまで育てることが理想なのか。どこまで育ってば十分なのか」ということでした。

私自身、今もまだ、成長途上にいるという実感があります。時代が変化するので、変化に合わせて学び続ける必要もあり、成長を止められる見通しが立たない感じです。

また、過去を振り返ってみると、修羅場経験が人を育てると言う通り、逃げ場のない中で、溺れないで、岸までたどり着くためにがむしゃらに解決策を探した経験が、自分を大きく成長させたことに気づきます。そして、修羅場経験は、重なれば重ねるほど、前回の修羅場は、今日の普通の経験になってしまうというようなことも体験しました。

もちろん、修羅場経験ばかりの人生というのも幸福と言えないかもしれませんが、修羅場やストレッチ経験を通して、人の潜在的な能力が開花されることは間違いないと思います。

かつて、ローマクラブは、そのレポートで、「自然資本には成長の限界があるが、人間の学習には限界がない」と、人間の限界なき学習が、持続可能な社会を創造する原動力となると主張しました。変化する時代の中で、人類が幸せであり続けるためにも、人間の学習と成長に期待が寄せられています。

「人はどこまで、その潜在的な能力を伸ばせば良いのか」この問いに対する答えをまだ見いだせていませんが、チャレンジの実感を持ち続けて行きたいと思います。

 

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