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イノベーションの機運

文部科学教育通信 2018年2月12日掲載

「先が見えない時代だ」「どこに向かって良いかわからない」そう語りかけてくる方が多いのですが、そんな方にいつもこんな質問をします。「現状に、課題はないですか」すると、多くの場合、「課題だらけだ」という答えが返ってきます。そこで、次に私がお伝えするのは、「そうであれば、未来は見えています。その課題が解決された未来が、あなたが望む未来です」

 

この10年間、海外に視察や学びに出かけると、「この課題を解決するために、私に何ができるのか」この思考パターンを持つ人に多く出会います。

 

ハーバードビジネススクール

2008年に、ハーバードビジネススクールの100周年のイベントに参加しました。リーマンショックの1ヶ月後に行われたイベントでは、「てるてる坊主に、お天気のことは祈ってけれど、経済の天候については祈るのを忘れてしまった!」というジョークから始まり、ビルゲイツをはじめとするリーダーたちが登壇し、ビジネス界の未来についての議論が行われました。その時に、本当に自分の耳を疑いましたが、登壇者は、口々に、「富の格差が問題だ」、「退任する経営最高責任者が法外な退職金をもらい、ギリギリの生活をしているスタッフ社員には、失業中の生活を保障するだけの退職金が出ないのはおかしい」、「実態経済と、金融経済の乖離が問題だ」、「富の格差はなくさなければならない」などの発言をしていました。リーダーたちのこの発言は、リーマンショックが起こる前、そして起きてから、彼らがどのような議論を行なっていたのかを表しています。しかし、「あなたたちが作ってきた社会システムですよね!!」と心の中で叫んでしました。

 

ハーバードビジネススクールは、リーマンショックの後すぐに、リーダーシップ教育について新たな指針を打ち出しました。これまでは、責任を持つ組織の利益の最大化が強調され過ぎていたかもしれないと反省し、これからは、組織における意思決定が社会や世界に与えるインパクトにおいても責任を持つリーダーを育てることを我々の使命と述べています。

 

 

課題解決の機運

欧米のリーダーたちは、リーマンショック以降、自らが創り出した社会システムの課題解決に向かいます。日本では、それから数年に渡り、アメリカ型資本主義には問題があるという議論が続きます。「日本企業も、その資本主義に参画し、第2の経済大国にまで上り詰めたのに、なぜ、そこで、アメリカ型と述べ、自らの資本主義を振り返らないのか」ととても違和感を感じたことを覚えています。

 

残念ながら、欧米のリーダーたちが努力をしても、金融資本主義は止まることを知らず、世界の富の格差はリーマンショック後も、さらに拡大していることは問題ですが、そんな中、この課題解決に従事する人々や団体が拡大していることも事実です。

 

国連は、2015年に持続可能な開発目標を掲げ、世界的なアクションを促進しています。地球上の誰も置き去りにしないことを目標に掲げ、貧困や教育、環境など17のテーマを掲げ、企業や政府、NGOやNPOの活動を促進しています。ユニリーバをはじめとする多国籍企業も、事業活動を通して、貧困などの社会問題を解決する事業戦略を構築しています。ユニリーバの行動計画には、2020年までに、10億人の暮らしを豊かにすること、環境負荷を半減する目標が含まれています。社会起業家をネットワークするアショカは、社会問題の解決に従事する世界中の社会起業家の活動を通して、社会起業家の育成と、世界の社会問題解決力の強化に貢献しています。

 

イギリスでは、社会的なインパクトに対して投資を行うソーシャルインパクト投資という考え方が生まれ、今では、日本をはじめとする世界の金融業界の取り組みに発展しています。欧米の大学生は、温室効果ガス排出量の多い石炭関連企業に投資をしないカーボンダイベストメントという考え方を生み出し、その考えを世界に広めました。投資が未来を創るという発想は、金融業界の ESG(環境・社会・ガバナンス)投資という考え方に発展し、欧州では、投資全体のESG投資に占める割合が、5割を超えています。

 

イノベーションに向かう

 

 

今日、世界では、かつてないほどイノベーションが加速していると感じます。テクノロジー革新と、人々の課題を解決したいという衝動が原動力となり、地球規模での協働が可能になったことが、その背景にあるのではないかと思います。

 

2003年に打ち出されたOECDの教育方針も、イノベーション人材の育成を念頭に置いており、デンマークでは、小学生からのアントレプレナー教育も始まっていました。テクノロジーを活用することが可能な今日、莫大な資本がなくても、誰でも、問題解決に参加できる時代です。クラウドファンディングを活用すれば、良いアイディアを持つ個人が資金を集められる時代です。10代でも、問題解決に参加することが十分可能です。

 

以前、米国のブラウン大学の卒業式で聞いた学長のスピーチを思い出します。

壇上で祝辞を述べる学長や教授たちは、自分たち大人世代が解決に望みながらも失敗してきた環境をはじめとする社会問題に触れながら、卒業生に、世界で最も困難な課題に人生を捧げる覚悟を求めていました。「問題を見つけるだけでは不十分だ」(Problem-spotting is not enough)という言葉には、学生時代のように問題を見つけたり分析したりしてエッセイを書いているだけでは世界を変えることはできないという強いメッセージが込められていました。

 

問題を発見し、分析し、解決するために行動する。課題を直視し、自らを振り返り、課題解決のために何を変える必要があるかを考える。イノベーションの前提には、とてもシンプルでパワフルな思考パターンがあります。課題を解決したいという衝動が、前例のない解決方法を見出す創造活動に発展し、イノベーションが生まれます。多くの場合、一人では、解決策を見出すことができないため、必要な関係者との協働を通してイノベーションが生まれます。

 

日本では

日本に目を向けても、課題は山積みです。増え続ける社会保障費と国の財政問題、企業の低い生産性、労働人口の減少による人材不足と市場の縮小、グローバル経済の発展と日本企業の位置付け、環境エネルギー問題と原発の行方、安全保障問題等々。地域に目を向ければ過疎化の問題も深刻です。

 

これだけ課題にあふれているのに、なぜ、日本ではイノベーションの機運が高まらないのでしょうか。「日本は、行くところまで行かないと変われないんだよ」という多くの大人に出会います。

 

世界では、多くの若者が、困難な課題に挑戦することを楽しんでいます。リーダーも、その活動を支援し、成功の可能性を高めるために力を貸します。「お手並み拝見」という考えはありません。日本では、困難な課題に挑戦する人が圧倒的に少なく、課題の大きさに不安を覚え、立ちすくむというのが現実です。

その背景には、大人や社会が、そのアクションを歓迎し、支援していないという現実があるのではないかと思います。結果的に、引かれたレールをスマートに走る方が、賢い生き方という社会通念が存在しているのかもしれません。

今、そのレールさえも先がないと思える人々が増える中、立ちすくむ人々が増えているのかもしれません。

未来を見たければ、未来を創っている人の世界を覗くか、自ら未来を創ることに参画することだと教えてくれたのは父です。困難なことはたくさんありますが、善い未来に少しでも貢献したいと思います。

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