脳科学を学びに活かす
文部科学教育通信No.401 2016.12.12掲載
近頃は、教育やビジネスの世界でも脳科学の研究内容を活かす取り組みが進んでいます。日常の中でも「脳トレ」「左脳と右脳」など脳科学に関するキーワードを聞く方も多いのではないでしょうか。先日「Neuroscience of Learning」という脳科学の勉強会に参加をしてきました。今回は脳科学の世界で現在明らかになってきたことと、その活用法についてお伝えしたいと思います。
脳科学と創造性
脳科学が重要視されている理由の一つに、人工知能(AI)の存在があります。今後はルーチンワークと呼ばれる単純作業はどんどん機械に移行していくことでしょう。人工知能が人間の仕事を奪い、敵対する脅威と捉える方も多いのですが、本来、人間の生活を快適かつ豊かにする存在として開発されています。最近では日本人の約半分の仕事が人工知能に移行すると言われていますが、その時、人間に残されるものは何でしょうか。それは、新しいものを取り入れる創造性だと言われています。創造性を生み出す元となるのが脳です。脳科学が注目されているのは、脳の仕組みを知ることで、より効果的に使っていくことができると考えられているからです。脳科学は医療の世界だけでなくリーダーシップ開発やマーケティング、子育てなど幅広い分野で活用されています。マーケティングで活用される事例を一つご紹介します。病院で使用される備品や設備には青色のものが良く売れるそうです。脳科学の観点から見ると、青色は自律神経を安定されるセロトニンという分泌を促進する効果があるからです。このように脳がどのように判断や思考に影響しているかを知ることで、人の購買活動に応用するという活用方法もあります。
創造性の必要性は世界中でも謳われています。これからの時代に必要な能力として世界経済フォーラムで掲げられた能力のうち、2015年と2020年で大きく変化がありました。
これからの時代に必要になる能力
2015年
- 複雑な問題解決
- 他者との協同
- マネジメント力
- クリティカルシンキング
- 交渉力
- 品質管理
- サービス指向
- 判断力と決断力
- 傾聴力
- 創造性
2020年
- 複雑な問題解決
- クリティカルシンキング
- 創造性
- マネジメント力
- 他者との協同
- エモーショナルインテリジェンス(こころの知能指数)
- 判断力と決断力
- サービス指向
- 交渉力
- 認知の柔軟性
(参照元:Neuro-Link Global「Neuroscience of Learning」)
2015年は創造性は10位でした。しかし、2020年では3位まで上昇しています。この5年で、創造性の重要性が高まっているのです。また、2020年の1位〜3位にランクされているものは、脳の仕組みと非常に関連性の高い能力になっています。
脳科学とEQ
2020年6位のエモーショナルインテリジェンスも脳科学の発展により解明されてきた能力です。日本では「EQ」と表記されており、1996年に心理学者のダニエル・ゴールマン氏の著書『EQ こころの知能指数』がベストセラーとなったことで注目されました。一般的に言われている知能指数「IQ」に対し「EQ」は感情と思考をコントロールする情動指数です。
最近では、感情が行動を支配していると言われています。長年にわたって、行動を支配するのは論理であり、感情は秩序を乱す邪魔なものと考えられてきました。1980年代になってアントニオ・ダマシオ博士(南カリフォルニア大学Brain and Creativity Institute所長)が、感情に関連する脳の前頭前皮質腹内側部(vm-PFC)に損傷を受けた患者は自分のとった行動を忘れ、他人の感情に無関心になってしまう、ということを発見したのです。これらの患者は、理論や社会的ルールを理解し、将来の計画やビジネス上の決定について知的にスピーチをすることはできても、過去の経験から学んで自ら正しい決定を下したり、現在の行動に生かすことはできなくなっていました。つまり感情が判断や行動を決めているということです。
私たちは、生活をする上で様々な決定を下します。その際に指針となるのが過去の経験です。自分のとった行動の結果を、その時に味わった感情から「知恵」と「愚行」に区分して知識として脳の中に蓄え、次に決定を下す際の指針にします。また、行動の結果を予測した時に起きる感情も決定を下す際の指針となります。
自分の感情を認識し、上手に向き合うことで、ものごとへの柔軟な対応力が身につき、他者を理解することができます。感情を扱うことは、人生を豊かにするうえで欠かせない能力なのです。企業や学校でもEQ教育が注目され始めています。これからの社会ではEQを育むことが高い人間力を養う上で必須となることでしょう。
脳科学で潜在能力を高める
脳科学の世界では、一人ひとりがもつ脳の特性を診断し、潜在的な能力を高めることで自分を活かすことができると考えられています。自分の能力を開発していくためにはまず自分を知ることから始まるということです。脳診断における専門のアセスメントを受けると、脳のパフォーマンス状況、特性、好みといった診断結果が出ます。脳のパフォーマンスでは、右脳と左脳の使われ方、ストレス対応力、ポジティブ思考かネガティブ思考、睡眠、健康、食事といった内容が明らかになります。
左脳と右脳に関しても研究が進んでいます。単純に左脳は論理性、右脳は創造性と言われていますが、それだけではないようです。ほとんどの人が両脳を使っていますが、人によって優先的に使う脳が異なります。物事を考えるときに左脳を使って考え始める人と右脳を使って考え始める人がおり、人それぞれより強く働く脳があるのです。本来はバランス良く両脳を使っていくことが理想とされています。両脳を柔軟に使うことによって、より賢く、早く自分の能力を発揮することができます。自分の脳のどちらが支配的なのかを知ることによって、どちらの脳を活性化していく必要があるのかを理解できます。脳の活性化方法には、運動、食事、芸術鑑賞、楽器を弾く、瞑想など様々な方法があるようですので、自分に合った方法を試してみると良いでしょう。
ストレスと脳
脳の働きに大きく影響を与える要素のひとつとしてストレスがあります。マイナスの感情をもつと脳神経内のセルとセルの伝達が遮断され、脳の働きが鈍くなります。その結果、悲観的になりモチベーションが下がるといったネガティブな気持ちや行動を促進させてしまうのです。逆に「楽しい」「幸せ」といったポジティブな気持ちをもったり、リラックスすることにより脳内伝達物質が多く放出され、脳がよく働くようになります。ポジティブ思考により生産性が上がっていくのです。学校や職場の環境でも、育成者や上司の発言ひとつで気持ちがネガティブな方向に働いてしまうことがあります。汚い水にスポンジをいれると汚い水に染まってしまうのと一緒で、周囲の環境によりネガティブ強化が進むとより促進されます。ゲームなどで暴力的なコンテンツにさらされている子供は脳にネガティブな影響を受けやすいと言われています。また困難な状況に落ちいったときの対応力も脳に影響を与えます。自分自身で問題に向き合い、建設的な対応をできるようにならなければ、マイナスの影響を受けやすくなります。考え方が変わると感情が変わり、行動、パフォーマンスが変わってきます。子供は特に学びが多い時期ですので、脳に良い刺激を与える学びの環境を増やしてあげましょう。誰かの真似をするのが最もパワフルな学びです。子供が「お父さんのようになりたい! 」といった憧れの人を身近にもつことも良い影響を与えます。学びが必要な環境には心理的に安心し脳がポジティブな影響を受けられる環境が必要なのです。