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日本の未来を変える力とピースフルスクール

文部科学教育通信No.404 2017.1.30 掲載

箱根町湯本幼稚園の公開授業

1月13日に、箱根町湯本幼稚園で行われたピースフルスクール(PSP)の公開授業を見学しました。3歳児のレッスンのテーマは、「私たちの気持ち」です。子どもたちは、うれしい、かなしい、こわい、いかりの4つの感情について、これまで学んできた総括を行いました。劇を見ながらサルやトラの気持ちを想像します。いかりの感情の番が来ると、幼児の一人が、「深呼吸する」と冷静になるという学びに触れてくれました。また、授業の後半に、テーブル席に座る際に、3人座りをしている子どもたちに、お友達が「3人座りはいけないよ」というと、3人がじゃんけんを始めたり、他の席では、「どうしますか?」と先生が子どもたちに問いを投げかけていました。こうして、子どもたち同志で、誰が席を移るのかを決めていきました。幼稚園児であれば、先生が、「○○ちゃんは、こっちね」と子どもたちを移動させることは本当に簡単です。しかし、主体性と共生力を磨くためには、先生方が見守ることが大切です。そして、移動した子どもには、「席を移ってくれて、ありがとう」と、先生は丁寧な言葉かけをします。2011年にオランダではじめて、PSPの授業を見学し、日本の子どもたちに届けたいという思いで活動し、6年目となります。箱根町では、2105年にスタートした取り組みも、子どもたちの成長に繋がっていることを実感でき、教育委員会や先生方に感謝の気持ちでいっぱいです。

 

今回は、PSPがなぜ日本の未来を変える力になるのか。2つの事例をご紹介したいと思います。

 

原発事故とPSP

ピースフルスクールとの出会いは2011年4月。東北大震災の直後でした。その後、知人が原発事故の国会事故調査報告書の作成に関わっていたこともあり、わかりやすい国会事故調プロジェクトを立ち上げ、原発事故を振り返る対話会を始めました。その際に、この国の国民が3つに分類されることがわかりました。一つ目は、強く原発反対の意見を持つ人、2つ目は、持続可能な経済の発展には原発が必要だと考える人、そして、3番目は、原発について考えない(ようにしている)人です。3番目の人たちの多くは、原発は自分とは関係のないことで、行政や東電に任せるしかないと思っている様子です。あるいは、賛成反対の議論に関わりたくないので、無関心を装っている様子です。いずれにしても、自分事ではないというスタンスです。

 

原発事故の後、本当は国民全員が議論に参加し、①原発をスタートした時点での我々の選択、②原発のこれまでの貢献、③事故の振り返り、④私たちの未来の選択という4つのテーマについて認識をすり合わせ、合意形成を行う必要があると思います。

しかし、今の私たちの共生力には、この難しい対話に対処することができません。だから、原発は自分とは関係のないこととして封印するしかありません。

ピースフルスクールの「賛成、反対、わからない」のレッスンでは、民主的な社会の一員は、自分の意見を持つ責任があり、わからないでもよいので自分の意見を表明することが大切だと教わります。そして、民主的な社会には多様な意見が存在し、対立が起きることが健全であるという信念を持ちます。「賛成、反対、わからない」のレッスンで子どもたちは、賛成・反対・わからないの3箇所に分かれて立ち、意見を述べます。人の意見を聴いて自分の考えが変わるとすぐに、賛成から反対へと子どもたちは自由に場所を移動します。こうして、多面的に思考する訓練を小学生から行えば、原発のような難しいテーマについて話し合う力が身に付くのではないかと思います。

 

課題先進国の日本の未来は、原発以外にも、都市と地方、老人と若者といった利害の対立が予測されます。その中で最良の解を見出し、善い未来を創造するために、一人ひとりが主体的に考え行動すること、みんなで何を優先するのかを決めることが大切になると思います。高度経済成長期のように、政府に任せておけば未来は良くなるという時代ではないという認識を持ち、意思決定に参加していかなければなりません。

女性活躍推進とPSP

昭和女子大学キャリアカレッジ学院長として女性活躍推進に取り組む中でも、PSPの必要性を実感しています。安倍総理の成長戦略の一貫に組み込まれた女性活躍推進は、政府主導で始まりました。安倍総理の掲げた2020年に管理職比率を30%にするという目標は、すでにトーンダウンしていますが、実は、目標が掲げられた当初から非現実的な目標でした。女性採用比率ならともかく、女性を管理職にするためには、それなりの経験を持つ母集団が必要だからです。そこで、私は、企業の方々に、なぜ、スタート当初から実現しない目標を総理大臣が掲げたのかと尋ねました。すると、「そうでもしないと、この取り組みが進まないからだよ」という返事が返ってきました。「だからといって、国家元首が達成できない目標を掲げるんですか~」と私は思わず叫んでしまいました。女性活躍推進法が制定され、301人以上の社員を持つ企業はすべて、その進捗を報告し開示する義務があります。このうな流れの中で進められる改革では、「なぜ必要なのか」というビジョンを形成する対話は省略され、「これは指示命令ですから、従って頂きます」ということになります。労働人口の減少という課題を解決するために女性の労働比率を上げていくという国家戦略は、片働き・専業主婦社会から、共働き社会への移行を意味します。専業主婦がいない家庭では、夫も子育てや家事に参画する必要が出てきます。そのためには、社会全体で、ワークライフバランスをどのように考えるのかについて合意形成を行う必要があります。PSPが生まれたオランダでは、夫婦で1.5人分働くことを標準にしています。このため、オランダの夫婦は、共働きをしていても、子どもたちがその犠牲になることはりません。そのためには、市民、経営者団体、労働者団体、行政等のマルチステイクホルダーが、「どのような未来の社会を実現したいのか」について合意を形成する必要があります。高度経済成長を支えた雇用慣行についても見直しが必要です。このような大きな社会変革は、一人ひとりの主体的な参画なしに行うのは非常に困難です。ここでも、やはり、「賛成、反対、わからない」の議論をオープンに行える市民の存在が不可欠であると感じます。

 

日本が衰退する理由は、①過去を振り返ること、②オープンに話し合うこと、③話し合いを通して合意形成を行うことができないために、課題が積みあがっていくからだと思います。今日の課題は複雑で、社会に生きる多様な人々が共に未来を選択し、課題解決に参画する必要があります。そのために、市民教育は急務であると感じています。

 

大人向けのPSP

PSPを通して、自分の考えを深く内省できる力が、対話力に不可欠であることがわかりました。そこで、昨年21世紀学び研究所を立ち上げ、PSPの学びを土台に大人向けのプログラムを開発しました。大人にも、子どもにもPSPを広めて行きたいと思います。

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