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幼児期からはじめるシチズンシップ教育 ~神奈川県箱根町でのピースフルスクールの実践~

文部科学教育通信No.398 2016.10.24掲載

平成27年度より神奈川県箱根町の幼稚園・保育園・認定こども園計5園でシチズンシップ教育ピースフルスクールプログラムの導入が開始しました。

今回は、ピースフルスクールのような子どもたちの心を育てるシチズンシップ教育プログラムが幼児期の子どもになぜ必要なのかをご説明し、箱根町での取り組みをご紹介いたします。

ぜひ、未就学児の姿だけでなく、彼らが小学生、中学生、高校生、大人になった時のことを想像しながら読んでいただけると幸いです。

 ピースフルスクールプログラムとは

子どもたちの主体性を伸ばし、共生社会を実現する力を磨く幼児・小学生を対象としたシチズンシップ教育プログラムです。多様化する社会において、子どもたちが主体的に共生社会に参画し貢献する大人に成長することを願って開発されました。

子どもたちは、レッスンと日常での実践を通して、多様な人々が共生する社会を実現するために必要なマインドと行動を身につけます。プログラムを通して、対立を話し合いによって子どもたち自身で解決することや、建設的な議論をして合意形成すること、自分とは異なる他者を尊重し共生すること等を小さなステップで学んでいきます。レッスンでの学びを学校生活の中で起きる他者とのトラブルに活かし、問題解決に取り組みます。このため、プログラム導入により、けんかやいじめのトラブルは減少し、子どもたちは安心して学校生活を送ることが可能になります。
また、お友達と一緒に問題を解決し、よりよい学級創りに貢献した経験を積むことで、子どもたちの自己肯定感や効力感が高まります。
このように、子どもたちはプログラムを通して「みんなが幸せになるために一人ひとりにできること」を学びます。具体的には、以下の項目に集約されます。

  1. 自分を幸せにすること
  2. 家族やお友達を幸せにすること
  3. みんなが幸せになるコミュニティづくりに参加すること

教育の役割の増大

家庭や社会が多様化している中で、子どもたちが育つ環境も大きく変化しています。心を育む機会やコミュニティでの生き方を学ぶ機会が子どもによって担保されないことがあります。教育の機会が得られないまま、子どもたちは経験を通して、裏切られ、傷つき、平和の実現や善く生きることを諦め、時には怒りや悲しみから平和を破壊するエネルギーを高めてしまうこともあります。

そのため、教育の役割に、「話す・聴く」といったコミュニケーションの基礎や、感情を認識し言葉で伝えること、怒りの感情をコントロールすること、多様な人を尊重し共生するための方法、問題が起きた時にどう解決するのかといった知識を得ることが求められるようになりました。
ピースフルスクールプログラムを幼児期から実施することで、平和を好み、善く生きようとする子どもたちの心が育つので、理想を諦めず、平和を守る人・善く生きる人に成長する確率が高まります。

 子どもたちの知っていることと知らないこと

園で、「いやな時は”いやだ、やめて”と言おう」というレッスンを行いました。トラとサルのパペットを使い、サルがお絵かきをしている時にトラがサルのクレヨンを奪ってしまうというシチュエーションの劇を演じます。

子どもたちに、こんな時どうしたらいいのかを尋ねたところ、多くの子どもが「謝ればいいんだよ」と答えてくれました。子どもたちは、お友達を傷つけるのはよくないこと、よくないことをした時は謝るということは既に知っています。

しかし、「嫌なことをされたサルは、”いやだから、やめて”とトラに言えばいいんだよ」と答える子どもはいませんでした。この実践から、子どもたちがお友達に「いやだ、やめて」と言うことに慣れていないことがわかります。

幼児期の間であれば、お友達から嫌なことをされても先生に助けを求めることができます。「先生、Aくんに嫌なことをされたの」「先生、BちゃんとCちゃんから仲間はずれにされた」という風に先生に報告し、助けを求めることは園の生活でよくあることです。

このように、嫌なことをされた時にその気持ちを伝える経験を積まないまま大きくなると、いつか先生に助けを求められなくなった時に、嫌な気持ちを抱えたまま我慢することになります。先生に助けを求めると、けんかやいじめが悪化してしまうからです。

また、からかい(おふざけ)からいじめに発展することもあります。それを防ぐためには、コミュニティに約束が必要です。

・楽しくない、いやだと感じた時に、自分の気持ちに気付いて「いやだ、やめて」と相手に伝えること

・どんなに楽しくても、お友達が「いやだ、やめて」と言った時は止めること

この二点をコミュニティ(この場合、園全体やクラス)の約束事とし、日常で実践することで、自分の限界を知り自分を守る力、相手の気持ちに気付き共感する力を磨くことができます。このような経験を幼児期から積むことで、お友達とのトラブルが増える年代になった時に、自分たちでどうしたら良いのかを考え、行動することができるのです。

 幼児のころから共に生きる善い経験を積む

幼児のころから、自分の心の声と相手の心の声を聴き、誰もが心地よい状態をみんなでつくるために行動する経験は、生涯の財産になります。

また、子どもたちが主体的に学び、積極的に他者と関わるためには、安心できる環境と心の繋がりが必要です。子どもたちが「こんなことを言ったら、誰かに悪口を言われるかもしれない」「目立ってしまったら、批判されるかもしれない」といった不安や過度の緊張感を持つような環境では、子どもたちの主体性を育むことはできません。

複雑で解決することが難しい問題が起きる前に、幼児のころから子どもたちの心を育て、共に生きる善い経験を積むことで、コミュニティがより安心安全な環境となり、より主体的に活動できるようになります。

箱根町の園では、月に二回ピースフルスクールプログラムのレッスンを実施しています。上記の「いやな時は”いやだ、やめて”と言おう」のレッスン以外にも、「ほめ言葉とけなし言葉」や「自分の気持ちを言葉で表現しよう」「相手のためになる助け方をしよう」「怒りの気持ちをコントロールしよう」「対立した時の助け方」などのレッスンと日常での実践を行い、多様な人々が共生する社会を実現するために必要なマインドと行動を身につけています。今は幼児である子どもたちが小学生、中高生、社会人になった時に、この学びがより活かせるようになることを願っています。

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