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自立と共生の力を伸ばすシチズンシップ教育 ~ピースフルスクールプログラム実践報告会より~

文部科学教育通信No.395 2016.09.12掲載

ピースフルスクールプログラムとは、子どもたちが園や学校という「社会に出る前にチャレンジできる場所」で、主体性を伸ばし、共生社会を実現する力をみがくシチズンシップ教育プログラムです。

多様化する社会において、子どもたちが無力感や孤独感、不安感に押しつぶされる前に、

「問題が起きても、自分たちで解決できるから、大丈夫!」

「誰かと違っていても、お互いの個性を尊重して活かすことができるから、安心!」

という気持ちで日々を過ごし、自分たちの力で安心安全な環境をつくることのできる人へと成長してくれることを願い、オランダで開発されました。現在オランダでは800校以上に導入されています。

2013年度より日本でのプログラム開発をスタートし、2014年度に佐賀県武雄市の小学校、2015年度に神奈川県箱根町の幼稚園・保育園・子ども園全5園に導入しています。

2016年8月20日に実践報告会を兼ねた公開イベントを開催しました。保育園や幼稚園、小学校の先生をはじめ、教育委員会や民間企業、保護者など、様々な立場の方にご参加いただきました。今回は、このイベントでの発表内容の一部をご紹介いたします。

日本に必要な理由

2011年にオランダのピースフルスクールを訪問した際、子どもたち自身で自らのコミュニティを安心で安全なものにしている姿を目の当たりにし、日本の子どもにもこの学びが必要だと感じました。

その理由の一つに、いじめの問題があります。いじめは、被害者と加害者・加担者だけの問題ではありません。いじめを見て見ぬふりする傍観者こそが集団圧力となっていじめを支える原因となっているのです。本来であれば、いじめに気付いた人がその解決のお手伝いをすることが望ましいですが、そのような行動をとると自分がいじめの標的になってしまう恐れがあるので、傍観者でいる選択をする子どもたちが多いです。

日本にプログラムを展開しようとしていた2013年当時、「全国生徒会サミット2013 いじめ撲滅宣言」という北海道から沖縄まで、全国から43校の中学校生徒会の代表が集まり、いじめ問題の解決について話し合うイベントが開催されました。日本全国でいじめの問題が起きていて、誰もがその問題に困っていることがわかりました。

その当時、中学・高校でピースフルスクールの話をする機会があり、「いじめを話し合いで解決する」というテーマで行ったワークショップを通してわかったことは、「いじめは良くないと頭でわかっていても、解決のために行動を起こせる人はほぼいない」ということでした。いじめのある状態を望む人はいないのですが、解決しようとするマインドもスキルも身についていないことが明らかとなり、オランダのピースフルスクール導入校の子どもたちは、けんかやいじめといった問題を自分たちで話し合って解決していることを知っていたため、日本にもこの学びが必要だと確信しました。

二つ目は、世間一般で優秀とされる学生の現状に危機感を覚えたことです。2010年頃から教育系NPOで活動する学生の研修を担当してきました。21世紀という複雑な時代を生きる彼らは、多様な人々と話し合い、刺激し合い、新しいアイディアや知恵を創造する共創力が求められているにも関わらず、みんなで考えるよりも一人の頭で考える方が得意であったり、コミュニケーションにおいて対立を回避しようとしたり、話し合いでは主張しないで合意に導くか、一人で決めようとするかいずれかのパターンが多いことに気付きました。

ピースフルスクールでは、一人ひとり自分の意見を持つことを大切にしていて、意見が対立することは当たり前であるという共通認識を持っています。対立した時にけんかやいじめに発展させたり、相手の言いなりになるのではなく、話し合いで解決することが必要であるというマインドとスキルを4歳の頃から少しずつ身につけているのです。そのため、多様な人と協働し、何かを生み出すことが得意です。

日本の学生と話していて、彼らはオランダのピースフルスクール導入校の子どもが学んでいることを学ぶ機会さえもなかったこと、「対立は良くない」という価値観が染みついていることに気が付き、日本にもこの学びを届けることにしました。

特徴的な学び

ピースフルスクールプログラムには、4つの特徴的な学びがあります。

  1. 自分の意見を持つ責任がある
    コミュニティに所属しているということは、自分の意見を持つ責任があるということを学びます。例え「わからない」であっても、自分の頭で考えて、意見を持たなくてはならない。このことをコミュニティの共通理解としています。
  2. 対立は悪くない
    民主的な社会とは、多様な意見が存在する社会です。そのため、対立することが前提となります。対立は起きて当たり前、起きても話し合って解決できるということを知っているので、対立を必要以上に恐れることはありません。
  3. コミュニティには共感がある
    子どもたちは、感情に関することを丁寧に学んでいます。自分の感情を認識すること、感情を言葉で伝えること(伝えないとわからないこともあるため)、相手の感情に耳を傾けることを日々経験し、共感力を高めています。そうすることで、子どもたち自身で安心安全な環境をつくることができるのです。
  4. 問題解決に取り組む
    子どもたちは、問題が起きることは仕方のないことだが、その問題を放置したり、さらに悪化させることはいけないことだという共通認識を持っています。お友達とけんかした時は話し合って解決する。クラスや学校の課題を話し合って解決する。このマインドとスキルを身につけていきます。

日本での実践

2014年度より佐賀県武雄市の小学校、2015年度に神奈川県箱根町の幼稚園・保育園・子ども園全5園にプログラムを導入し、現在も子どもと大人が一緒にプログラムを学び続けています。

園や小学校での導入のねらいは、「同調圧力に負けず、自分の意見を伝え、意見が対立した時は話し合いでよりよい答えを導き出す力を身につけること」「幼少期から心が繋がるよい経験、共に生きるよい経験を積むこと」です。

現在は、先生をはじめとする子どもと関わる大人がプログラムを学び、子どもたちにレッスンを実施して学びを届け、学んだことを日常で使えるようサポートすることを続けています。2年半の活動を通して以下のことがわかりました。

  • ピースフルスクールプログラムは、「実際にできるようになること」を目的としている
  • クラスで対立が起こった時に、話し合って問題を解決しようとする姿が見られる
  • 授業や日常生活において、自分の意見を伝えることができるようになっていて、自分とは異なる意見であっても、相手の話に耳を傾け、理解しようと努める姿が見られる
  • プログラム実施前は「意見が違う人とは仲良くできない」「理解し合えない」と思っていた児童が、プログラム導入後は、「意見が違っても友達でいられる」「対立は意見の違いから生じるものだから、怖がらなくて大丈夫」と考えるようになっている
  • アクティブ・ラーニングなど、話し合いによる学び合いの基礎として必要な力を身につけられること

ピースフルスクールプログラムの学びを園や学校の文化とし、コミュニティに関わる人全員の共通認識とするまで時間はかかりますが、いい兆しは見られていると思います。

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