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教育への感謝

文部科学教育通信No.387 2016.5.16掲載

2010年から教育をテーマに、様々な活動を行ってきました。当時は、日本教育大学院大学の学長として、教員養成に関わり、同時に、ティーチフォージャパンの準備会にボランティアとして参加していました。現在は、昭和女子大学キャリアカレッジ学院長、未来教育会議実行委員会代表、認定NPO法人ティーチフォージャパン理事など幅広い立場で、教育に関わる活動に取り組んでいます。

1987年から89年の2年間ハーバードビジネススクール(HBS)に学びました。この2年間の経験が、私の人生を変えました。教育に貢献したいと思う背景には、教育への感謝の気持ちと、教育の持つ力に対する確信があるからです。

 

問いに対する答えを見つける

感謝の一つ目は、家業の存続のために、我々が何をすればよいのかを学んだことでした。

私が、ビジネススクールに留学した目的は、自社の事業が、将来は衰退産業となることが明らかな時、企業が存続するために経営者にはどのような選択肢があるのかという問いに対する答えを見つけることでした。当時はバブルの絶頂期。金融機関に金庫設備を販売する我が社の業績は上り調子でした。しかし、電子マネーの時代の到来は明らかで、将来的には、銀行の支店はATMに取って代わることが予測されました。どうすれば、我が社が100年企業として生き残れるのか。その答えを求めて、私はビジネススクールに留学しました。HBSでは、自社の社会における存在意義を軸に経営を行う大切さを学びました。存在意義とは、製品やサービスそのものではなく、それら通して会社がお客様に提供している価値のことでした。それまで、私は、金庫ではなく、どんな製品を売ればよいのかという視点で答えを探していましたが、存在意義に立ちかえれば、答えが捜しやすくなります。

帰国後は、HBSでの学びを活かし、金庫に縛られず、建物や空間全体のセキュリティを提供する事業へとシフトすることができ、電子マネーの時代にも、世の中に貢献できる企業として存続することが出来ました。

 

リフレクションの意味を学ぶ

第2の感謝は、OECDが21世紀を幸せに生きる力の要と定めるリフレクションを、大人が行う場に立ち会うことができたことです。当時の日本企業は、世界のスターでした。グローバル競争とは、欧米企業が、日本企業の脅威に立ち向かうことを意味していました。このため、私たち日本人は、日本企業のありようを説明する重要なリソースパーソンとしての役割を果たしていました。アメリカ人の学生は、アメリカの企業が日本から何を学ぶべきなのかを真摯に追及していました。後に、私の上司になる日本マクドナルドの創立者藤田田氏なども、インタビュー映像で授業に登場していました。アメリカ人が、素直に敗北を認め、勝者に学ぶ姿は真摯であり、また、これが終わりではないという自信を感じさせるものでした。リフレクションを行い、よいものからは学びとり、間違いは正し、更に先に発展していくという姿勢は、学生、教授、学校全体に共通するものでした。日本では、残念ながら、一度も、このような場面に遭遇したことはありません。

 

未来を予測する力を身に付ける

当時のビジネススクールには、すでに、中国や東欧などの共産圏から一人、二人と留学生が来ていました。アドミッションオフィスの責任者は、電話回線も安定していない国々から学生を入学させるために奔走していました。共産圏の人たちに、なぜビジネススクールの学びが必要なのだろうかと疑問を抱いていた所、1989年、ビジネススクールを卒業する年に、ベルリンの壁が崩壊しました。その時、私は始めて彼らが未来を創る動きに参画していたことを知ります。この出来事を機に、未来を予測したければ未来を創る人になるか、未来を創る人の動きを見るか、いずれかであるということを再認識しました。それ以来、ハーバードビジネススクールの動向を常に追いかけています。ビジネススクールの教育は、残念ながらビジネスの先に行くことはありません。常に、ビジネスが先を走り、その研究を通して成功の法則や新たな方向性を示してくれるのがビジネススクールです。

HBSは、進むべき方向性を判断するために、今日においても重要な役割を果たします。

2008年に100周年を迎えてHBSの記念イベントに参加し、大きな時代の変化を感じ取ることが出来ました。リーマンショックの直後、10月に行われた100周年員ベントは、混乱と混沌の中で進められましたが、講演者たちのメッセージには共通性があり、ビジネスの世界のパラダイムが変わることを実感することが出来ました。その事例をいくつかご紹介したいと思います。

 

公教育がビジネススクールのテーマとなる

人材育成に関する分科会のパネラーにはティーチフォーアメリカの創立者ウェンディコップ氏をはじめとする公教育の改革に取り組む社会起業家たちが登壇していました。あれから、8年が経過した今日、ティーチフォーアメリカの卒業生(ティーチフォーアメリカとは、アイビーリーグなどの大学を卒業した優秀な若者を2年間、貧困地域の学校の教師として派遣する団体。派遣数は年間1万人を超える)の多くがハーバードビジネススクールに学んでいます。

 

社会問題の解決が主要なテーマになる

当時も、すでに、ノーベル平和賞を受賞したモハメドユヌス氏をはじめとする社会起業家が世の中にたくさん生まれていましたが、当時、私は、この流れはまだビジネスの本流ではないという認識でした。しかし、ビル&メリンダ・ゲイツ財団を創立したゲイツ氏が、ロックフェラーのことを徹底的に研究し、マイクロソフトを卒業した今、人生で何を成し遂げるのかを考え、「マラリアを無くした男として歴史に名を残す」と述べたことを聴き、社会問題の解決が、これから最も優秀な人材を魅了する付加価値の高い事業領域になっていくことを確信しました。また、リーマンショックを受け、クリントン政権時の元財務長官のローレンス・サマーズ氏が、解決すべき課題として富の格差に言及する様子からビジネススクールの役割が変わり始める予兆を感じました。

 

善い人を育てることがリーダーの仕事である

2014年には、同窓会に参加しイノベーションのジレンマで著名なクレイトン・クリステンセン先生の講演を聴く機会を持ちました。彼は同窓生に向かい、リーダーの究極の仕事は善い人を育てることではないかと語りました。善い目的を持つビジネスを創造する善きリーダーのもと、仕事を通して善い人は育ちます。

 

事業を通して貧困をなくす

2014年からは、ハーバードビジネススクールのグローバルアドバイザリーボードの一員として、最新のケーススタディを研究する会合に参加しています。参加した研究会で世界190カ国に事業を展開するユニリーバ社のリプトン紅茶事業が目指す持続可能な経営についてのケーススタディを行いました。ユニリーバ社は、2020年までに10億人の貧困をなくすことを事業目標に掲げています。この事業目標を達成するために、紅茶事業では、茶葉の調達活動の一環として、貧しい農家の生活環境の改善に取り組んでいます。このような最先端の取り組みについても、HBSの研究を通して学ぶことができます。

HBSは、卒業した後も、こうして常に私に未来の世界を指し示してくれる教育機関です。この学びを活かし、世の中に還元して行きたいと思います。

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