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幼児期から子どもたちの心を育てる -神奈川県箱根町の幼稚園でのピースフルスクールの実践-

文部科学教育通信No.377 2015.12.14掲載

平成27年度より、神奈川県箱根町の温泉幼稚園と箱根幼稚園でシチズンシップ教育ピースフルスクールプログラムの導入が始まりました。

幼稚園や保育園にプログラムを紹介する時、園の先生から、「遊びの中で子どもたちに必要なことは教えているから、レッスンの重要性がわからない」「幼稚園や保育園の子どもたちは特に問題があるわけではないから、なぜプログラムを導入する必要があるのかわからない」といったコメントをいただくことがあります。

今回、なぜピースフルスクールプログラムのような子どもたちの心を育てるプログラムが幼児期の子どもに必要なのか、文章にまとめたいと思います。

ぜひ、未就学児の姿だけでなく、彼らが小学生、中学生、高校生…大人になった時のことを想像しながら読んでいただけると幸いです。

 

非認知能力を伸ばすことができる

人間には、認知能力と非認知能力があります。IQに代表される認知能力に対して、非認知能力とは、主体性や共感力、自制心、コミュニケーション力などといったソーシャルスキルのことを指します。

米国経済学者であるジェームズ・ヘックマンが、「5歳までの教育が人の一生を左右する」と指摘しているように、就学後の教育の効率性を決めるのは就学前の教育にあるという研究があります。

IQなどで示されるテストを解く知能は、日々の生活の諸問題を解決する能力と必ずしも一緒ではありません。現実に起こる小さな問題や課題は状況によって変化するので、多様な側面に対応できる力が必要です。
そのため、主体性や共感力といった非認知能力、つまり子どもたちの心を育てることが大切なのです。

ピースフルスクールプログラムは、子どもたちの自尊心と自制心を育て、他者への共感力を高めることで、対立を子ども自身で解決するコミュニケーション力を養います。

 

安心安全な環境をつくることができる

子どもたちが主体的に学び、積極的に他者と関わるためには、安心できる環境と心の繋がりが必要です。子どもたちが「こんなことを言ったら、誰かに陰口(悪口)を言われるかもしれない」「失敗したら恥ずかしい」「目立ってしまったら、批判されるかも」といった不安や過度の緊張感を持つような環境では、子どもたちの主体性を育むことはできません。

子どもたちの心を育てることで、園や学校が安心安全な環境となり、勉強や課外活動に注力できるようになります。心の成長と学力は連動しているのです。

 

体系立っているから、抜け漏れなく学ぶことができる

ピースフルスクールは6つのユニットからなるプログラムで、「21世紀を幸せに生きるために必要な力」を抜けもれなく伸ばすことができます。

「遊びや日常生活の中で争いや問題が起きた時に都度子どもたちに大切なことを教えているので、レッスンをしなくても構わないのでは?」とおっしゃる先生がいらっしゃいます。これはとても大切なことであり、素晴らしいことだと思いますが、必ずしもそれだけで事足りるとは考えていません。
なぜなら、たまたま何も起こらないと大切なことを伝える機会が生じず、子どもたちが大切なことに気付かないままになっていることがあるからです。
つまり、抜け漏れが生じるリスクがあるのです。

また、けんかやいじめといった争いや問題が起きた時は、問題への対処に意識がいきがちなので、落ち着いてどうしたらよいのかを学ぶことができません。
人間は安心安全な環境でないと主体的に学ぶことができないので、あえてレッスンの時間を設け、落ち着いて学ぶ機会をつくることが大切です。 

遊びの中で大切なことを都度教えるという習慣に加えて、レッスンを学びの指針とすることが大事です。
ピースフルスクールでも、レッスンで「何がよいことなのか、何が悪いことなのか」「どうしていけばよいのか」を確認した後は、遊びを含む日常生活で学びを実践しています。

レッスン内容を子どもたちに教えながら、「うちの子どもたちは、これはできている子が多いな」 「ここは今までに教えたことがなかったな」 「これは苦手な子が多いな」などと、今までのことを振り返っていただき、遊びを含む日常生活に活かしていただきたいです。

 

得意な子だけではなく、みんなができるようになる

どの園や学校にも、コミュニケーション力が高く、ピースフルスクールが教えることが既にできている子どもがいます。このような子どもがクラスの問題解決に貢献し、いじめられているお友達のことを助けるケースもありますが、このようなことが苦手な子を含む全員ができるようになることが必要だと考えています。

もちろん、苦手な子がすぐに何でもできるようになるわけではありません。小さなステップを踏んで、繰り返し学ぶことが必要です。このプログラムは、子どもたちに必要な力を小さなステップで教えています。そして、日常の遊びの中でレッスンでの学びを思い出して使ってみることで、繰り返し学ぶことができます。そうすると、最初は苦手だった子も、少しずつできるようになるのです。

得意な子どもにはその能力を伸ばす機会となるように。苦手な子どもは、少しずつでもできるようになるために。

プログラムを開始してすぐに効果が表れるわけではありませんが、継続して行うことで、子どもたちが大きくなった時に違いが出てくると思います。

 

いじめなどの問題に対して対処療法ではなく根本的な対策ができる

問題が起きてから対策をするのでは、対処療法となってしまいます。
残念ながら、中学校や高校でピースフルスクールの授業をしていると、「本音と建て前」が当たり前になっている状況に出くわすことがあります。授業では、「いじめはよくないから、話し合いで解決できるようにしたい」 「傍観者になるのではなく、問題を解決できる人になる」という発言があるにも関わらず、実際は「いじめがよくないことは頭では理解できるけれど、解決するために行動したら、次は自分が標的になるかもしれないから、関わらない方が安全だ」という思いがあるのです。

子どもたちが「もうどうしようもない」という無力感に苛まれ、不安な思いで学校に通う日が来る前に、今できることを少しずつ積み重ねて、大人になっても困らないようにできるとよいと考えています。

多くの場合、けんかなどの問題解決に大人が介入している(「そんなことをしてはいけません」「○○ちゃんが悪いから、ごめんなさいって謝らないといけないよ」などの発言が、どの園や学校でも多いです)ので、子どもたち自身で問題を解決する力が養われません。
悪いことをした子がいたとしても、何がよくて、何が悪いのかを教わっていないから、何度も同じような問題を繰り返してしまいます。

子どもたちの心を育てることで対処療法ではなく根本的な対策をとることができます。

 

大人になるための準備ができる

ひとりの子どもが大人になるまでの間に、様々な教育機関に通います。
それぞれの園や学校に在籍している間は、その園や学校の先生が子どもたちの成長を見守り、指導します。表面上は、子どもたちに対する責任をその園や学校が担っているからです。

園や学校を卒業すると、子どもたちに対する責任は次の進学先にうつりますが、子どもはひとりの人間として大人になります。

青年へと成長して無責任な言動を起こす前に、子どもたちにとって必要な力を身につけるために働きかけることは重要です。幼稚園や保育園の子どもだけをイメージしているとわかりにくいのですが、小学生や中学生の子どもを想像してください。
今、多くの小学校や中学校では、いじめ・孤独感・主体性の低下・キレる・無力感・不登校といった問題が起きています。これらの問題は小学校や中学校だけの責任ではなく、子どもが生まれてから関わる全ての人の責任であると考えています。
小学校や中学校に進学する前の幼児期から継続的に子どもたちの心を育てることで、小学校以上で起きる問題を防止することができるのです。

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