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「聴く」ということ

文部科学教育通信No.376 2015.11.23掲載

現在、ピースフルスクールというシチズンシップ教育プログラムの開発と展開を行っています。プログラムを導入している小学校で「聴くこと」の重要性についてお話する機会がありましたので、今回はこのことについてご紹介いたします。

 

聴く時の態度や元気なお返事ができていれば、それでよいのか

「子どもたちは、先生やお友達のお話をきちんと聴くことができていますか」

このような質問を幼稚園や小学校ですると、「うちの子どもたちはきちんと話を聞くことができています」や「一対一ではしっかり聞けていると思いますが、大勢になるとざわざわとしてしまい相手の話を聞いていない児童が目立ちます」といった具合に様々な答えが返ってきます。

多くの学校現場では、聴く時の態度や姿勢について指導することが多く、姿勢よく、明るく元気に「はい!」とお返事できていれば話をきちんと聴けているという評価を下しているところもあります。

話を聴く時の態度や相手の話に相槌を打つことなどは大切ですが、態度や返答の元気さに気を取られてしまってはいけません。本当に子どもたちが相手の話を聴く力を身につけるために、何ができるのでしょうか。

 

伝える力と聴く力

聴く力の高い人は、伝える力も高いです。

ピースフルスクールでは、自分の意見を持つこと相手に自分の意見を伝えること相手の意見についても「賛成」「反対」「わからない」のいずれかの意思を表明することの大切さを教えています。また、お友達と意見が違っていてもお友達でいられると教えますので、「お友達」と「お友達の意見」を分けて、意見については意見として理解することができるようになります。

さらに、自分の考えを相手に理解してもらうために努力することは、意見を持つ人の責任であるということも教えます。自分の考えを伝える時、子どもたちは意見と一緒にその根拠と事例を併せて伝えることも心がけます。意見の根拠を聴くことで、話を聴いている人も相手の意見に共感しやすくなりますし、事例を教えてもらえると、より具体的にイメージすることが可能になります。このように話し手が伝える努力をしてくれると、聴く側としてはとてもありがたいものです。

日本でピースフルスクールを導入している佐賀県武雄市の小学校で、お昼休みに何をして遊ぶかを話し合いました。最初は「ドッジボールがよい」「サッカーがよい」といった具合に意見だけを伝え合いました。次に、その根拠を伝えてもらいます。Aさんは「ドッジボールはサッカーと違って上手な人が中心にプレイをするということがなく、みんなで楽しめるのがよいと思います。具体例としては、サッカースクールに通っているB君達は、みんながもっと上手い方が楽しいだろうし、私はサッカーになれていないのでボールを蹴るので精一杯だからです」と自分の意見を伝えていました。他のクラスメイトはしっかりとAさんの話を聴き、その考えに共感していました。このように、伝える力を磨くと聴く力も向上するのです。

 

経験やものの見方と聴く力

ピースフルスクールの子どもたちは会話には誤解が生まれやすいことも学びます。

立場や経験の違いなどにより、同じことを聴いていても異なる解釈をしてしまうことがあるからです。勘違いや誤解が原因で不要な対立や人間関係の摩擦が生じないように、伝える側も工夫し、聴く側も思い込まないようにすることが大切だということを学びます。

例えば、お母さんが「暗くなるから5時までには帰りなさい」と言うと、子どもが「夏だから5時でもまだ暗くないよ」と言い返します。こんな事例で、お母さんと子どもの立場による考えの相違について子どもたちは考えます。お母さんは、子どもが遅くまで外にいることが心配だから5時に帰って欲しいと考えていること。子どもは、できるだけ遅くまで外で遊びたいから暗くないことを理由に遅く帰る許可をもらおうと考えていること。こうした立場の違いを理解し、相手の言葉の背景にある思いを聴きとる練習をしています。

経験により言葉が全く違った意味を持つ場合があることも子どもたちは学びます。

例えば、「森」という言葉でもサルとトラそれぞれにとってその意味が異なります。

サルの目に映る森は木々の枝や葉であり、トラにとっては木の幹や地面が森です。お互いに同じ言葉を使っていても、その言葉の持つ意味は経験により異なり、そのために誤解が生まれてしまうことがあります。相手の立場や状況を理解したり想像したりすることで、伝え方を工夫することができます。聴く側も同様に、相手の世界観を想像し、相手の伝えたいことを理解できているのかを確認する必要があります。

人の話を聞く時に、自分には知らないことがあるという姿勢を持ち、思い込みで聴いてしまわないことが大切です。自分の知らないことを理解するためには、聴く力に加えて想像する力も必要です。人の話を聴きながらも、一呼吸置き、思い込みによる解釈を避けるために確認をしましょう。言ったつもりや聴いたつもりにならないために、自分の理解を相手に伝え、共通認識を持てたのかを確認することが大切です。

 

心の声を聴く力

共生社会を実現するために、相手の心の声を聴く力がとても大切です。

自立と共生の力を育むピースフルスクールで、子どもたちが最初に学ぶことは、自分の心の声を聴くことです。その次に、お友達の心の声を聴き、共感することを学びます。

人と人が心の繋がりを持つことができなければ共生社会を実現することができないからです。相手の立場に立って話を聴くことができる時、人は話を聴いてもらったと感じることができます。他者の心の声に意識を向けるためには、自分の心の声を大切にすることが重要です。

シチズンシップ教育に対する理解が深まるにつれ、調和を重んじる私たち日本人は、ともすると、自分の心を置き去りにしているのではないかと思い始めました。自分の気持ちや意思よりも、周囲に合わせることを大切にするあまり、自分の心に意識を向けない習慣が身についているように感じます。心と心が繋がるためには、相手の気持ちを聴き理解することが大切なのですが、そのためには、まず自分の心に意識を向ける必要があります。

ピースフルスクールでは、共感する力を磨く前に、自分の心の声を聴く練習をします。自分の心の声を聴き、それを言葉にして人に伝える練習をします。その次に、自分の感情をコントロールすることを学びます。こうして、自分の心の声を認知し、怒りなどの感情をコントロールする力を高め、他者の気持ちを聴きとる力を磨きます。

お互いの気持ちについて話し合う授業では、卒業試験を直前にしたある男の子が「たった一度の試験で自分の進路が決まると思うと、気持ちが落ち着かなくて不安になる」という話をしました。オランダでは小学校に卒業試験があり、この試験に基づき進路を決めていくという習慣があるからです。この話を聴いていた女の子が「私にはその気持ちはないみたい。どんな感じなのかよくわからないから、もう少しお話して」と、相手の気持ちを理解するための質問を投げかけていました。お互いの考えや気持ちについて理解し合うことが、彼らにとって当たり前となっていることは素晴らしいと思いました。こんなことを言ったらばかにされるといった心配事のない、安心安全なコミュニティを子どもたち自らが作り上げています。

現代の社会そして学校は、どれだけ心の声を大切にしているでしょうか。社会においても、 誰もが忙しく仕事に追われ、期待に応えることに心が奪われ、自らの心の声を軽視して生きているようにも感じます。20世紀はテクノロジーの世紀であり、21世紀は人間の世紀と言われています。人間の持つ善い心が人類の直面する課題を解決し、持続可能な発展と平和な社会を実現する上で不可欠なことだからです。そのために、子どもたちは学校という安心安全な環境の中で、お互いの考えや気持ちを聴き合う練習をいっぱい積んで欲しいと思います。


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