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幼児のころから心を育てる教育(2)

文部科学教育通信No.359 2015.3.9掲載

本連載第18回より2回連続で「幼児のころから心を育てる教育」について取り上げています。

前回は、「21世紀の教育とは」「大人になる練習」と題して、OECDのキーコンピテンシーや「生徒の知識と技術の測定(PISA)」の報告書の序文にあるPrepared for Life(人生の準備は万全か)をもとに、教育のあり方について考えました。

今回は、2015年2月に神奈川県箱根町教育委員会と幼稚園・保育園の先生方向けに実施した講義内容をもとに、ピースフルスクールプログラムの教育目的、幼児のプログラム内容についてご紹介いたします。

 

教育の目的

ピースフルスクールプログラムの教育目的は、民主的な社会の実現に必要な力を、学校教育の現場で子どもたちが身につけることです。

これは、Prepared for Life(人生の準備は万全か)に記載されていることと一致しています。

民主的な社会とは、多様な人々が安心して幸せに共生することができる社会のことを指します。

この社会を実現するためには、一人ひとりが自立することと、多様な人同士が共生する必要があります。

ピースフルスクールでは、子どもたちに自立(主体性)を学ばせる上で、「自分の意見を持つこと」「人の意見に対して、反対の意見を持つことは悪くないこと」を基本としています。

また、共生の心を育むために、「対立は悪いことではないこと」「対立が起きるのは自然のことだが、対立をケンカやいじめに発展させるのではなく、話し合いで解決すること」の重要性を子どもたちに教えます。

このように、真の民主性とは対立に基づくのです。

対立と聞くと、「嫌だな」「できれば避けたいな」と思う方が多いのではないでしょうか。しかし、多様な人々は今まで生きてきた背景や経験してきたことが異なるため、皆それぞれ意見や価値観が異なります。同じ地域に長く暮らしているお隣さんや、年代の近い人同士であっても、異なって当たり前なのです。

それゆえ、意見や価値観が異なるために対立することはごく自然のことであるのです。

対立を当たり前のものであると受け入れず、恐れるがゆえに、自分の意見を伝えることができなかったり、人の意見に対して反対意見を表明することができないのです。

やめてほしいと思っていても、「嫌だからやめてほしい」と言うこともできない子どもたちが増えています。誰かがいじめられているのを知っていても、「いじめるのは良くないよ」と主張できる子どもはほとんどいません。

それで何事もなく平和に過ごせるのでしょうか。なぜ、いじめや悪質な事件が起きているのでしょうか。

対立を避けていても、何も始まりません。むしろ事態は悪い方向へ進むばかりです。

対立を避けるのではなく、対立を話し合いで解決できる力を身につけることが大切なのです。それこそが、多様な人々が安心して幸せに共生することができる社会をつくる第一歩であり、ピースフルスクールプログラムの教育目的であると考えています。

 

幼児のころから「多様な人々が安心して幸せに共生する」というビジョンが行き届いた環境で過ごすこと

ピースフルスクールプログラムは、もともとオランダで開発されました。

1990年頃、子どもたちの問題行動や移民の増加によってコミュニケーションが取れなくなることが原因でコミュニティが崩壊したことがありました。この問題を国全体で解決するために、学校風土や教室の雰囲気を改善することを目標としたシチズンシップ教育プログラムの開発を計画したのです。

いじめや非行といった問題に対して、対処療法ではなく根源的なアプローチをとるために、ピースフルスクールプログラムの開発が進められました。

対処療法的なアプローチをとるのであれば、いじめや問題行動が増加する小学校高学年や中高生に対して働き掛けることを優先した方が良いと考える人もいるかもしれません。

しかし、これらの問題に対しては、「人をいじめてもいい」「自分と異なる人を排除したい」といった価値観が形成される前に手を打っておかなくてはならないのです。問題が起きてから対処しようとしたのでは手遅れです。

そのため、幼児のころから「多様な人々が安心して幸せに共生する」というビジョンが行き届いた環境でプログラムを実践することを大切にしています。

プログラム導入校の幼児は、幼いころから自立(主体性)共生を身につける練習をします。例えば、お友達と意見が異なってもお友達でいて良いと知ることで、「自分の意見を持つこと」「人の意見に対して、反対の意見を持っても構わないこと」を学びます。

今日、何の遊びをするのかを自分で考え、計画を立てることもあります。計画を立てるといっても綿密に時間を区切ってスケジューリングするのではなく、壁に描かれた園内の絵を見て、自分が遊びたい場所のところに自分の名前が書かれたキーホルダーをぶらさげる、といったレベルです。

みんなで行う遊びや、みんなで読む絵本を決める時に、自分の意思を伝え、みんなで意思決定をする練習も行います。

このようなレベルのことであっても、日々の保育や遊びの中で子どもたちの主体性を育むことができるのです。

共生する力を育むために、「対立は悪いことではないこと」を幼児のころから学びます。

それを理解した上で、対立をけんかや仲間外れに発展させることはいけないことで、話し合いで解決する必要があることを学ぶのです。

プログラムを導入している小学校では、児童が自分たちで話し合って問題を解決したり、仲裁役に手伝ってもらいながら対立を解決していますが、幼児のころからこのレベルのことを実施するわけではありません。あくまでも、その年齢や子どもたちの成長スピードにあった形で学んでいきます。

例えば、子どもたちは、対立の対処方法を理解する際、「3色の帽子」をモデルにしています。

赤い帽子(攻撃する):相手を叩いたり、自分の意見を強く主張することで、自分の意見を押し通すと、すぐにケンカになってしまいます。

青い帽子(我慢する):自分の意見や考えを相手に伝えず、相手の言いなりになると、ケンカにはなりませんが、どちらか一方が満足し、譲歩した方の望みは叶いません。

黄色い帽子(話し合いで解決する):対立した時には話し合いによる解決を目指すと、お互いより良い解決策を求めて話し合います。

 

これらの帽子をイメージしながら、自分が誰かと対立した時にどのような対処方法をとっているかを理解し、黄色い帽子で解決できるように意識を変えていくのです。

また、オランダでは赤い帽子の子どもが多く、赤い帽子から黄色い帽子への移行を特に意識しているようですが、日本の子どもたちを見ていると、嫌だと思っても言わない、空気を読んで言いなりになるといった青い帽子の子が多いと感じます。青い帽子から黄色い帽子へと意識を変えていくことも必要です。近頃は、自分の感情をコントロールできず、赤い帽子で周囲と関わる子どもも増えているので、いずれにしても黄色い帽子をみんなで目指す文化を創ることが大切です。

子どもたちの中で、「多様な人々が安心して幸せに共生する」ということが当たり前のことになることが重要なのです。そのためには、このことを大切にしている文化を創っていく必要があります。

幼児教育では、子どものお世話をすることがお仕事の中心となるケースもあると思いますが、子どもたちは大人が想像している以上に立派なひとりの人間です。大人の勝手な思い込みでその学習力や成長力に蓋をすることなく、自立と共生の心を育むことが大切であると考えています。

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