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子どもたちの未来とシチズンシップ教育

文部科学教育通信 No.324 2013-9-23に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る34をご紹介します。

 

先日、ビジネス社会に生きる方々を対象に、オランダのシチズンシップ教育についての講演を行いました。ビジネス社会の視点で、シチズンシップ教育をご紹介してみたいと思います。

 

ご紹介の機会をいただいたのは、KAE(山城経営研究所)が主催する実践経営大学です。山城経営研究所は、世界に通用する「日本経営学」の確立に情熱を注いできた山城章(一橋大学名誉教授)によって、1972年に創立されました。こちらの主催する「経営道フォーラム」に以前、参加させていただいたご縁で、講演の機会を頂戴いたしました。

 

いうまでもなく、ビジネスと教育には、強い関係があります。戦後、日本の経済復興を猛スピードで成功に導いた背景には、日本の教育の強さがありました。日本の教育は、工業化社会を支える質の高い画一的な人々を大量に生産することに成功し、有能な人々が、工場の品質を支えました。緻密で正確な情報処理能力を持つ日本人は、その勤勉さにおいても、世界に誇れる能力を持っていました。ビジネスと教育が一体となり、日本の高度経済成長を支えてきたのです。

 

ところが、今日、ビジネスと教育は、その一体感を失いました。時代の変化とともに、ビジネス社会が求めているものが変わり、日本企業の世界における役割が変わりました。豊かな社会に生きる個人においても、多様な生き方の選択肢が生まれました。もし、教育の真の目的が、「人生の準備をすること」であるならば、このような時代にこれまでと同様の教育を行うことが、間違いであることは明らかです。我々、大人たちは自分たちが受けてこなかった教育を、子どもたちに提供する必要があります。それが、21世紀に生きる子どもたちが、「人生の準備をすること」だからです。

 

子どもたちが生きる未来

子どもたちが生きる未来は、私たちが生きてきた時代とどのように違うのでしょうか。

 

第1に、難しい問題を解決しなければ、幸せを手に入れることができない時代になりました。地球温暖化をはじめとする環境問題は、20世紀を駆け上ってきた我々が、自然資本を我が物として活用してきた結果、生まれた課題です。そして、地球規模に広がった経済成長熱を誰も止めることができません。地球は、管財人なしに、子どもたちの未来をより難しくする方向に向かっています。

 

第2に、日本では、安全神話に支えられた原発が、前例のない事故に見舞われ、その当事者すら対処することができない状態にあります。国会事故調査報告書が作成された後も、基本となる透明性はあいまいで、本質的な問題解決は始まっていません。失敗を認めることができない日本の文化は、21世紀の学習能力の要と言われているリフレクション(内省)の力を有しておらず、日本の子どもたちは、リフレクションを学ぶ機会すらないのです。リフレクションができないことが、21世紀において致命的である理由は、100%正しい答えを見つけるまで行動できないか、失敗してあきらめるかのいずれかの選択肢しか持てないからです。勇気を持って行動し、行動の結果を振り返り、再び学び直して、目的に到達するという学習能力を持たない大人になるのです。

 

第3に、世界では、紛争が絶えません。20世紀は戦争の時代と言われ、21世紀は平和の時代になることを期待していましたが、紛争のなくなる兆しはありません。一方、インターネットの普及により世界が繋がり、経済活動のグローバル化が進展する中で、世界の移民の数は2億1千万人以上に膨れ上がりました。子どもたちは、自国の平和のみならず、世界の平和に貢献するという役割を果たすことが求められます。

 

第4に、WHOの調べによりますと、2000年に、世界全体の年間自殺者数は戦争犠牲者の2倍以上となっており、私たちの創り出した社会は、多くの人々にとって生きにくい状態になっています。今後、ますます激化するグローバル経済活動は、社会や家族、人々の人生に大きな影響を与えます。持続可能な経済成長と、心の平和を同時に実現する社会を創るという、新たな社会創りも、子どもたちの未来の仕事なのです。

 

現在、グローバル人材の育成において、英語力の向上がうたわれていますが、英語力と同時に、人々と対話を通して意思疎通し、アイディアを創造していくプロセスに参画する力が不可欠です。もちろん、このことは、日本語におけるディスカッションにおいても同様に必要な力です。

多様な人々と話し合いにより問題を解決する力がなければ、今日のほとんどの問題は解決することができません。地球の自然資本をどのように分け合うのか、原発事故から何を学ぶのか、エネルギー政策をどのように考えるのか、紛争ではなく平和にどのように導くのか、国内に広がる富の格差にどう対処するのか、経済の発展と子どもたちと未来の幸福をどうすれば共に実現できるのか。

 

まだまだリストを増やすことができますが、このような時代だからこそ、日本の子どもたちにも「地球市民として生きる」教育を届けたいという強い衝動に駆られ、オランダのシチズンシップ教育「ピースフルスクール」を日本語化し、世の中に広める活動をしています。

 

オランダの「ピースフルスクール」

オランダのシチズンシップ教育「ピースフルスクール」では、小学校5、6年生が仲裁役として喧嘩の仲裁ができるまでに成長します。仲裁役の子どもたちの様子を見ると、その成熟した様子に、自分が恥ずかしくなるほどです。仲裁役には、以下のような力がしっかりと身についていました。

  • 主体的にそこに立つことができる
  • 客観的に、自分自身を見つめることができる
  • 自分の感情をコントロールすることができる
  • 他者の気持ちを理解することができる
  • 他者の気持ちに共感することができる

 

このような力を身につけた仲裁役は、温かく、冷静に、包容力を持ち、喧嘩で感情のコントロール能力を失っている子どもたちの間に立ち、当事者同士が、喧嘩の問題解決を進めるプロセスを支援することができます。

 

小学6年生では、世界で起きている紛争について学びます。紛争も結局は、3つの理由が原因で起きています。1つは、価値観の違い、2つ目は、不足しているものの取り合い、3つ目は、相手への迷惑。 その対応策にも3つあることを学びます。第1は攻撃する、第2は交渉する、第3は譲歩する、です。 小学校1年生の時から、子どもたちは、赤い帽子(攻撃)、青い帽子(言いなり)、黄色い帽子(話し合い)という対立への3つの対処方法の違いを学び、黄色い帽子で対処する練習を繰り返します。子どもたちが、「子どもたちの社会」である学校において、話し合いで紛争の解決をするという経験とスキルを習得することで、将来、話し合いにより対立を解決することができる大人へと成長する、という確信を持ち、教育に取り組んでいます。このような力を持って初めて、学習した知識が問題解決に活かされるのです。これが、21世紀を幸せに生きるための「人生の準備」となる教育の一つであると確信しています。

 

2013年の先進国における子どもの幸福度を調査したレポート*1で、オランダは2007年に引き続き、子どもの幸福度が総合1位であると評価されました。オランダの子どもたちが幸せであることの一つは、大人たちが、子どもの未来に必要な「人生の準備」をする教育を考えていることだと思います。

 

日本の教育改革の最重要課題

子どもたちは、大人以上に、学びの達人です。日本では、子どもたちの学ぶ意欲の低下が問題であると言われていますが、それは、子どもたちの問題ではなく、学びを提供する大人側の問題です。自分にとって本当の学びを得る機会をもつことができれば、子どもたちの学ぶ意欲はすぐに目を覚ますでしょう。21世紀という時代を見つめ、子どもたちに本当に必要な学びは何かについて、社会における合意形成を確立することが、今、日本の教育改革において最も重要な課題であると思います。

 

*1 UNICEF 「Child well-being in rich countries」 Report Card11(2013)

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