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イノベーションとメンタルモデル

「コトノバ」 2013 SPRINGに掲載されたイノベーションとメンタルモデルについてご紹介させていただきます。

イノベーションと失敗を恐れない心

1970年代、ちょうどソニーのTVがNYで話題になり始めたころ、私は、NY州のイサカというコーネル大学のある田舎町に留学しました。私が将来の夢を語ると、周りにいた30歳ぐらいの大人がこう言いました。「美香ならできる。それに、最善を尽くせば、実現しなくても、何も失うものはないよ。」16歳の私に、30歳を超えた大人が真顔で言ってくれた言葉を今でも鮮明に覚えています。でも、当時は、とても日本人的だった私は、嬉しい反面、その言葉を素直に受け入れる気持ちにはなれませんでした。「なぜ、私ならできるの? その根拠は? 実現しなくても失うものはないとはいったいどういう意味なの?」

 

当時のアメリカ東部の田舎には、古き良き時代のアメリカが残っていて、父親の権威は絶大でした。夜8時になると、子どもたちは居間のTVの前から全員撤去を命じられ、それぞれ自分の部屋に入りました。しかし、一方で、先に述べたような「夢の実現のためにリスクをとる」ことを奨励する教育観も存在しました。後になり、彼女のコメントは、人生そのものの話なのだと分かりました。

 

日本では、自分の子どもを幸せにするために成功の確率を最大化しようと親は必死になります。日本人は、真面目で、細部にも神経が行き渡り、とても良い仕事する国民性を持っていますから、子どもの教育においても、一ミリのリスクも排除しようとします。こうして育つ子どもたちは、大人がデザインした箱庭の中で、失敗の経験を持たずに、大人になっていきます。

 

最近、あるお母さんから、「どうすればアントレプレナーを育てられるのでしょうか?」という質問を受けました。私は、「失敗を恐れない心が何よりも大切。」と答えました。私は、7年前から、青山ビジネススクールMBAプログラムでアントレプレナーシップの講義を行っていますが、講義の冒頭に、私はいつも、ある実業家の解説を紹介しています。「アントレプレナーとは、パラシュートが確実に開くか否かわからなくても、とりあえず、飛行機から飛び降りる人のこと。もし、パラシュートが開かなければ地面にぶつかるけど、ぶつかったら、また飛び上がればよい」皆さんは、この解説を聞いてどう思いますか。地面にぶつかるのは少し痛そうではありますが、イノベーションを起こすアントレプレナーには、失敗がつきもの、失敗はイノベーションの母です。失敗を学習に変える力を持つ人だけが生き残れるということは、まぎれもない事実です。

 

だから、失敗を恐れない心を培っておくのはとても大切なことです。「でも、どうすればいいのでしょう?」 簡単です。失敗に遭遇した時に、褒められたり、高い評価を得たり、失敗により成長したなど、とにかく、良い経験をしたという思い出を作ればよいのです。冗談と思うかもしれませんが、これは、脳科学的に証明されています。科学技術の進歩により、脳科学の研究が進み、明らかになったことは、我々の「論理的な」思考は、感情に支配されているということです。そして、その感情は、過去の経験に基づいています。過去の経験が、良い思い出となるか、二度と思い出したくない経験となるかが、次の意思決定に大きな影響を与えます。あなたが失敗した時に、親に悲しく不幸な顔をされるか、挑戦したことを「よく頑張ってチャレンジした。失敗から学んだことが宝物なんだ」と称賛されるかが、子どものリスク許容量に影響しています。

 

イノベーションとメンタルモデル

大人の場合は、少し事情が違います。すでに、失敗の経験を持っているからです。では、成人した大人が、リスク許容量を上げるためにどうすればよいのでしょうか。そこで、重要な役割を果たすのが、メンタルモデルを活用する力を身に付けることです。先ほど脳科学の視点で説明した感情と思考の関係を、「学習する組織」では、推論のはしごを使って説明しています。メンタルモデルを簡易的に5段のはしごで紹介します。1~2段目は、これまでの経験、2~3段目は、これまでの経験で行った自分の評価判断、3~4段目は、これまでの経験とその際に下した評価判断から手に入れた確信、4~5段目は、経験や評価判断を通して手に入れたものの見方、尺度や価値観です。私たちが、物事に対して判断を下している時、無意識のうちに、この推論のはしごを使用しています。同じ映画を見ても、人によって違うシーンが最も印象に残るのはこのためです。私たちの中にある推論のはしごが、情報を取捨選択していメンタルモデルるのです。

  • 「メンタルモデル」とは、マインドセットやパラダイムを含め、それぞれの人が持つ「世の中の人やものごとに関する前提」です。自らのメンタルモデルとその影響に注意を払い、うまくいかないときには外にその原因を求めるのではなく、自分の面tるモデルの欠陥を探究します。
  • メンタルモデルは、あなたに見えるもの、聞こえるものを限定しています。自己のメンタルモデルが何かを知ること、多様なメンタルモデルに出会うことにより、世界は広がります。

鈴木敏文氏は著書「本当のようなウソを見抜く」セブンイレブン的年金術の中で、このことをわかりやすく説明しています。皆さんの中にも本を読む時に線を引く方が多いと思いますが、鈴木さんは、線を引いたところではなく、むしろ線を引いていないところにこそ、学びがあると説明しています。推論のはしごを使って、私たちは重要だと思うところに既に線を引いている訳ですから、線を引かなった所(重要視しなかった所)に、あなたにとって未知の世界(学び)があるという訳です。

 

もし、あなたが失敗に対してすでに苦い思い出を持っているとすれば、失敗に対して抱いている現在のメンタルモデルを見直し、新たなメンタルモデルを手に入れる必要があります。成功した人の数々の失敗談を聞くことや、本を読むこと、そして、自分の過去の経験を振り返り、失敗が成功の源になった経験をもとに、推論のはしごを組み立てることで可能になります。

 

メンタルモデルを活用する力は、リスク許容量を拡大するためだけではなく、イノベーションにおいて不可欠な力です。過去のパラダイムに縛られていては、イノベーションは生まれません。アントレプレナーの授業では、グーグルやフェイスブックなどの新しいビジネスモデルを紹介しています。講義をしながら、新しいビジネスは世の中のメンタルモデルを変えるという事実に、本当に驚かされます。一例をご紹介しましょう。私は、12年前、クマヒラセキュリティ財団の活動として情報セキュリティの啓発活動を行っていました。当時、自分の名前や写真をインターネット上に掲載することは、大変危険で非常識な行為とみなさんに伝えていましたが、今では、どうでしょう。フェイスブックは、世の中のメンタルモデルを見事に覆しました。最初は、大学生というクローズなコミュニティ、そして卒業生が社会人になり継続して使用することになると、企業にも利用が広がり、そして、全世界に、個人情報を公開することが当たり前になりました。2004年に生まれたフェイスブックは、世界8億人が使用するソーシャルメディアとなりました

 

変化の激しい時代、過去の経験に縛られないことがますます重要になっています。自分の過去の経験をいったん保留にして、枠の外に出てみましょう。自分の思考は、過去の経験に基づく自分の感情によって支配されているという言葉を思い出してください。「私の持っている考えは、いったい、どのような過去の経験に支配されているのか」、とひとまず考えてみるという習慣が、イノベーションに貢献することは、間違いありません。

 

多様性とメンタルモデル

イノベーションにおいて不可欠なのが多様性です。東京大学のi.schoolは、イノベーションを作り出す人材を創出するために2009年に開始された教育プログラムですが、アメリカのIDEO社がモデルになっています。IDEOの事例.pngのサムネイル画像

 

IDEOは米国・カリフォルニア州に本拠を置くデザインコンサルタント会社です。スタンフォード大学教授で、2005年からD.Schoolのディレクターを務めるデイビッド・ケリー氏がIDEOの創設者です。2000年に、ABCの番組 ナイトラインで放映されたイノベーションを起こす現場は、13年前の映像にもかかわらず、イノベーションを起こすチーム学習について、多くのことを私達に教えてくれます。最近では、U理論として紹介されているイノベーションのプロセスを、チームで楽しく、そしてスピーディに実現しています。

 

わずか5日間で新しいショッピングカートのデザインを行うチームには、エンジニア、言語学者、心理学者、生物学専攻の学生、マーケティングの専門家、MBA等多様な背景を持つ人たちが加わります。イノベーションは、実際にスーパーマーケットに出向いて、ショッピングカートがどのように使われているのかを観察するところから始まります。スーパーマーケットでは、各自が自由に歩き回って写真を撮り、お客さんや店員さんにインタビューを行います。親子連れの買い物客の様子や子どもにとってショッピングカートがどのような役割を果たすのか、独身男性が何を買っているのかを観察します。同じ店内で観察を行っても、メンバーによって捉える視点が異なります。もう、すでに皆さんはお分かりの通り、バックグラウンドが異なるということは、異なるメンタルモデルを持っているということです。多様性が創造に不可欠という意味は、厳密には、多様なメンタルモデルが創造に欠かせないということです。観察を終えたIDEOのチームは、全員の意見を共有した後、自分の意見をいったん手放し、観察から明らかになったことを元に、一からショッピングカートのデザインを始めていきます。多様な視点を取り入れたことが、これまでになかったユニークなショッピングカートをわずか5日間でデザインできた理由です。

 

皆さんも、ぜひ、自分のメンタルモデルを認識し、他者のメンタルモデルをうまく取り入れて、イノベーションに取り組んでみてください。

 

なお、ここでご紹介したメンタルモデルは、ピーター・センゲ教授の「学習する組織」(英治出版、2011年)の5つの力の一つです。学習する組織について詳しくお知りになりたい方は、本書または、拙著「チーム・ダーウィンー学習する組織だけが生き残る」(熊平美香著、英治出版 2008年)をお読みいただければ幸いです。

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