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ピースフルスクール

KAE「コトノバ」 2013 WINTERに掲載されたピースフルスクールについてご紹介させていただきます。

「夫婦喧嘩をしていると、小学生の娘が真面目な顔で、「仲裁しましょうか?」と申し出てくれました。私は、あわてて、「結構です。」と答えました。」こう話してくれたのは、オランダにある、いじめのない学校ピースフルスクールに子どもを通わせるお母さんです。

2011年4月、ユニセフの「先進国の子供の幸福度調査(2007年)」で総合一位に選ばれたオランダの教育の秘密を探るために、オランダの学校視察を行いました。その時、リヒテルズ直子さんのご紹介で訪れたピースフルスクールに私は、すっかり魅了されてしまいました。ピースフルスクールとは、オランダで最も成功しているシチズンシップ教育のプログラムならびにその実践校のことで、10年以上の実績を持ち、現在、600校を超える学校で実践されています。

●ピースフルスクールの全体カリキュラム

ピースフルスクールでは、子どもたちは、1年間に約40時間の授業を通して、自立と共生、そして民主的な社会の作り方を学びます。先生と生徒が、共働し、民主的な文化を醸成するために必要な学習を行います。

カリキュラムは、大きく6つの領域に分類されます。

  • 主体性と責任感を持ち、ポジティブな社会を創る
  • コンフリクトを先生の力を借りずに、建設的に解決する
  • 他人の視点で物事を考える、考えとその論拠を明確に述べる、意見の違いを受け入れるなどの基本となるコミュニケーション力を持つ
  • 自分の感情と上手に付き合い、他者の感情を、その人の立場に立って考える
  • 仲裁力および、集団に積極的に貢献する
  • 人の多様性に対してオープンな姿勢を持つ

すべての授業は、ロールプレイや話し合いによるチーム学習に基づきデザインされています。先生が、子どもたちのロールモデルとなり授業を体現し、子どもたちも授業で学んだことを一つずつ実践することで、ピースフルスクールの一員となっていきます。

それでは、ピースフルスクールでは、どのようにシチズンシップ<自立と共生>を教えているのでしょうか?その一部をご紹介しましょう。

●自分の意見の主張と他者の意見の尊重

最初に子どもたちが学ぶのは、自分の意見を持つことです。自分の考えたこと、自分が感じたことを周囲に伝えることの大切さを学びます。その上で、子どもたちは、意見には、賛成と反対の立場があることを学びます。そして、これが、最も大切なことですが、先生は、友達の意見に反対する許可を子ども達に与えます。「私たちは、意見を持ちます。その意見は、いつもお友達と一緒というわけではありません。私たちは、違う意見を持っていても、お友達でいてよいのです」授業でこのように学び、子どもたちは自分の意見を主張することと多様な意見を尊重することを学んでいきます。

●感情とうまくつきあう

ピースフルスクールでは、感情に対するメタ認知力を高める様々な工夫がされています。喜びや、怒り、悲しみなど代表的な感情について学びます。子どもたちは、朝、教室に入ると、自分の名前の書かれたスティックを、その日の感情に合わせて、嬉しい、悲しい、怒っている・・・等の感情ボックスにさします。こうして、自分の感情を認識する習慣や、他者の感情に共感する習慣を身に付けます。

見学した授業では、お友達同士、グループになり、家族についてのインタビューが行われていました。「あなたの家では、誰がお料理を担当していますか?」などの質問に答え、用紙を埋めていくワークをした後に、全員が輪になり座ります。私は、当然、次に始まるのは発表内容の共有であろうと思っていました。ところが、先生は、「今、ピースフルでない人はいますか?」と尋ねました。すると、一人の子どもが手を上げました。「うまく、グループワークに参加できず、ピースフルでありません。」確かに、その子は、グループワークにうまく参加できず、少し困っている様子でした。さらに、驚いたのは、先生の対応です。先生は、「そのことを、あなたはお友達に伝えましたか」 と聞きました。「いいえ」とその子は答えます。「それでは、授業が終わったら、ちゃんと、お友達にその気持ちを伝えて、その問題に対処しましょう」と先生は、締めくくりました。 こうして、ピースフルスクールに通う子どもたちは、ピースフルでない時、自分でそのことに対処する力を習得してきます。

●自分たちの力でコンフリクト(対立)を解決する

オランダでも、1990年代に、いじめや学級崩壊など、学校における秩序の崩壊が社会問題になりました。当時、いじめが起きると、オランダでも、先生が介入する方法がとられていたそうです。生徒が、先生にいじめのことを相談すると、先生は、2つの方法でいじめに対処しました。クラス全員を集め、いじめはよくないということを教えるか、いじめを行っている生徒を呼び出し、反省を促すという方法です。ところが、このような対処方法は、実は、多くの場合、いじめがさらに悪化してしまうということが明らかになりました。そこで、生まれたのが、子ども達自身がいじめに対処する力を身につけ、ピースフルな学校創りに参画する教育プログラムです。

3色の帽子.png

子どもたちは、最初に、コンフリクトという概念を学びます。お互いが、お互いの邪魔になっている時、お互いに同意をしていない時は、コンフリクトが存在しています。そして、コンフリクトが、喧嘩の原因になることが多いことに気づきます。ピースフルスクールでは、コンフリクトに対して、オープンに話し合い、問題を解決することを学びます。話し合いを練習するために赤、青、黄色の帽子を使います。赤い帽子は、自分の望みを一方的に押し付けるコミュニケーション、青の帽子は、本当の気持ちを相手に伝えず、相手の言い分を受け入れるコミュニケーション、黄色い帽子は、オープンに話し合い、一緒に考え、問題を解決するコミュニケーションです。赤い帽子では、共生社会は作れません。青い帽子は、喧嘩を避けることはできますが、主体性を犠牲にしているので、やはり、ピースフルな共生社会は作れません。そこで、みんなで黄色い帽子のコミュニケーションを練習します。

上級生による喧嘩の仲裁の場面では、黄色い帽子のコミュニケーションがルールです。立候補と審査により選ばれた12名の仲裁担当者が、2名ずつ当番制で、校内のすべてのコンフリクト(対立)の仲裁を行います。1年生から6年生まで、子ども達はコンフリクトが起きると、必ず、仲裁担当者のところに行かなければならない決まりになっています。仲裁担当者も黄色い帽子をかぶり、当事者同士が、お互いの言い分を相手に伝え、相手の意見に耳を貸し、相互理解を深めた上で、一緒に解決策を見出す話し合いを促進させます。両者ともに満足する解決策は、ウィン・ウィン解決、どちらかのみが満足する解決策は、ウィン・ルーズ解決、両者とも不満足な解決策は、ルーズ・ルーズ解決です。私が、このような解決策のことを学んだのは、社会人になり、30歳を超えてからです。

●視点の違いを学ぶ

視点の違いについても、学びます。対立をしている時、人は、自分の立場から対立をとらえています。それは、みんな違った種類のメガネをかけているのと同じです。

「お母さんは、暗くなると危ないから、5時になったら家に戻るように言います。夏は、5時になってもまだ明るいから、暗くなるまで外で遊びたいと、お母さんに言うと、叱られます」
この事例をもとに、話し合いをします。お母さんの立場で、お母さんのメガネをかけてみると、そこには、どのような視点があるのでしょうか。まだ明るいのに、なぜ5時までに息子に家に帰って欲しいと考えるのでしょうか。お母さんのメガネをかけて考えてみましょう。こうして、視点の違いが、意見の違いの原因となることがあることを学びます。

●いじめに加担しない

ふざけて、人をからかっているうちに、いじめが始まることがあります。最初は、からかわれている本人も、楽しんでいるのですが、ある時から、本人は、からかわれることを苦痛に感じるようになります。こんな時、ピースフルスクールでは、本人が「やめてください」と、自ら主張するのが決まりです。みんなが、盛り上がっている時に、からかわれることを断るためには、断固とした姿勢で、明確に「ノー」ということが大切です。こうしたことも、ロールプレイを通して学びます。いじめにおいては、加担者や傍観者、集団圧力という概念も学びます。集団圧力については、スポーツ観戦に行った時、スタンドのほとんどの人たちが相手チームにヤジを飛ばし始めると、本意でないのにもかかわらず、自分もそれに参加せざるを得なくなるという事例を用いて紹介しています。実際、いじめにおいても、本当は参加したくないのに、周囲のみんなが参加しているために、仕方なくいじめに加担してしまうというケースが少なくありません。集団圧力に抵抗することは、簡単ではないことを理解したうえで、自分の意志を貫き、いじめに加担しないために、どのような周囲に伝えればよいのかを学びます。ピースフルスクールの教室

子どもたちは、知識を学び、スキルを身に付け、実践を通して学びます。先生が、いじめ問題を解決するのではなく、一人ひとりに、自分を守る責任があるというスタンスが自立した個を育てるという考え方は、これからの日本の教育においても、とても重要な視点だと思います。

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クマヒラセキュリティ財団では、ピースフルスクールの開発者であるレオ・パウ氏と、リヒテルズ直子氏にご協力いただき、現在、先生向けのマニュアルの翻訳を手掛けています。6年生の授業では、憲法や、世界の紛争にも目を向けます。オランダで、ピースフルスクールを導入した地域では、大人も、ピースフルな社会を実現するために、この手法を取り入れています。日本においても、同様の展開ができればと考えています。

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