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OECDのキーコンピタンシーとゆとり教育

KAE「コトノバ」 2012 AUTUMNに掲載されたOECDのキーコンピタンシーとゆとり教育についてご紹介させていただきます。

 

2000年に発表されたOECDの「生徒の知識と技術の測定(PISA)」の報告書の序文に、Prepared for Life(人生の準備は万全か)というタイトルで以下の通り書かれています。「若い成人が未来の挑戦に対処すべく、果たして充分に準備されているだろうか。彼らは分析し、推論し、自分の考えを意思疎通できるだろうか。彼らは生涯を通しての学習を継続できる能力を身につけているだろうか。父母、生徒、広く国民、そして教育システムを運用する人々は、こうした疑問に対して解答を知っておく必要がある。」この疑問に対する解答を探すために、この3年間、様々な活動に取り組んで参りました。2010年より、ハーバード教育大学院で行われているフューチャー・オブ・ラーニングという研究会に毎年し、ハワード・ガードナー教授にご指導いただいています。システムダイナミックスの生みの親ジェイ・フォレスター教授と、学習する組織を提唱するピーター・センゲ先生が主催するシステム思考教育の研究会にも、参加しました。また、2007年のユニセフの「先進国の子どもの幸福度調査」で、世界一子どもが幸せな国といわれるオランダにも学校視察に行きました。このような活動から明らかになったことは、工業化社会において輝かしい功績を持つ日本の教育は、20年後に世の中で活躍する子どもたちが、幸福に生きる力を身に付ける教育ではないということです。海外の研究会には、世界中の教育関係者が参加し、新しい時代に生きる力を身につけるために、教育をどのように変えていけばよいのかを真剣に考えています。日本の国際競争力を高める上でも、本当に、教育が今、変わらなければなりません。

 

4回シリーズの第1回目は、子どもたちが幸せに生きるために必要な力を、最も網羅的、体系的に説明しているOECDのキーコンピタンシーについてご紹介させていただきます。ビジネス界の皆様にも、共感していただける内容だと思います。

 

OECDのキーコンピテンシーハワード・ガードナー教授と

OECDキーコンピテンシーは、世界のOECD加盟国の教育改革に、大きな影響を与えています。日本においても、文部科学省の「生きる力」に反映されており、2002年および、2011年改訂の学習指導要領に盛り込まれています。

OECDが、キーコンピテンシーの定義に取り組んだ背景には、社会の変化があります。これまでの学校教育では、子どもたちが将来、幸せに、意義 ある人生を生きるために必要な力を身につけるこ とができないという課題認識に基づき、キーコンピテンシーは、策定されました。以下、その概要についてご紹介します。

 

●子どもたちが生きる時代は、これまでと何が違うのでしょうか。

OECDは、子どもたちが生きる時代を、以下のように解説しています。子どもたちは、絶え間なく続く技術革新に対応することが求められます。溢れる情報を取捨選択しなければなりません。経済成長と地球環境の保護という2つの矛盾する目的を達成しなければなりません。豊かさの追求と、貧困や富の格差の是正を同時に考えなければなりません。目的を達成するための取り組みは、より複雑になっており、特定のスキルを身に付けただけでは、問題解決に十分な力を持つことができません。

 

時代背景を表す言葉は、変化、複雑性、相互依存の3つです。技術が、急速に継続的に変化する世界においては、技術に関する学習は一時点で終わるのではなく、技術革新への高い適用力が求められます。社会がどんどん複雑化、細分化してきており、個人的な関係においても、多様な人々との交流がますます求められてきています。また、グローバライゼーションは、新しい形態の相互依存性を作り出しています。経済活動や、環境破壊に繋がる様々な活動は、個人の住む地域や国家の枠を超えて広がってきており、グローバライゼーションによる相互依存性は、今後ますます高まることが予測されます。

 

●目的と方針

OECDは、キーコンピテンシーを策定するにあたり、目的と方針を明確にしています。究極の目的は、民主的な社会の実現と、持続可能な成長の維持です。その上で、キーコンピテンシーの妥当性を検証する指針を、3つに絞りました。方針の1つ目は、キーコンピテンシーが、個人と社会の両者にとって価値ある結果をもたらすものであること。2つ目は、特定の状況において求められるコンピテンシーではなく、あらゆる場面において普遍的に重要なコンピテンシーであること。3番目に、特定の専門家だけではなく、全ての個人にとって重要なコンピテンシーであることです。

 

個人と社会、それぞれにとって価値ある結果とは何かも明確に定義しています。個人の成功の定義は4つです。(1)望ましい就職の機会と所得を得られること、(2)健康と安全が維持出来ること、(3)政治への参画が認められること、(4)人間関係やコミュニティが存在すること。同様に、社会の成功も、4つに絞り込んでいます。(1)経済的生産性が維持されていること、(2)民主的プロセスが存在すること、(3)社会的なまとまりや構成が成立し人権が守られていること、(4)環境が守られていること。このような成功を実現するために必要な力として、キーコンピテンシーは策定されました。

●3つのキーコンピテンシー

第1のコンピテンシーは、相互作用的にツールを用いる力です。言語的スキルや数学的なスキルを土台としたコミュニケーション力は、このカテゴリーに含まれます。さらに子どもたちには、創造的に問題解決を行うために適切な情報処理能力と思考力が求められます。そのために、(1)分かっていないことを認知する力、(2)適切な情報源を特定しアクセスする力、(3)その情報の質、適切さ、価値を評価する力、(4)知識と情報を整理する力を鍛える必要があります。技術革新に適応するのみでなく、技術革新を生み出す力も、このカテゴリーに含まれます。

第2のコンピテンシーは、異質な集団で交流する力です。和を重んじる日本人にとって、得意な領域と思われがちですが、その内容を読み進めて行くと、日本人にも発想の転換が求められることがわかります。人が自分にとって良いと感じる環境を作り出すためには、他者の価値観、信念、文化や歴史を尊敬し、評価するだけではなく、それらを取り入れて成長することが求められます。そのためには、共感力を持ち、自己及び他者の情動やモチベーションに効果的に対処する力が求められます。また、他者と協力する能力として、(1)自分のアイディアを出し、他者のアイディアに耳を傾ける力、(2)討議の力関係を理解し、基本方針に従う力、(3)戦略的、あるいは持続可能な協力関係を構築する力、(4)交渉する力、(5)異なる意見を受け入れ、その上で意思決定する力の、5つの力が求められます。このカテゴリーには、争いを処理し、解決する能力も含まれ、(1)異なる立場があることを認識し、現状の課題と危惧されている利害の全ての面から争いの原因と理由を分析する力、(2)合意できる領域とできない領域を認識する力、(3)問題を再構築する力、(4)要求と目標の優先順位を決める力、の4つの力が求められます。

第3のコンピテンシーは、自律的に活動する力です。変化、複雑性、相互依存に象徴される新しい時代において、個人は、より広い視点を持ち、より広い文脈の中で、自己の行動や意思決定を捉えなければなりません。自分の行動の直接的・間接的な結果を認識する必要があります。変化する環境において、人生の意義や目的を明確にし、計画性とストーリーのある人生を生きる力が求められます。また、自らの権利、利害や、限界を知り、社会的な責任を果たすと同時に、自己を守る力をもつことが求められます。変化、複雑性、相互依存を前提とした社会において、幸福な人生を生きるために、システム思考を持つことが不可欠であることが解ります。

 

OECDは、3つのカテゴリーを包括する力として、内省力およびメタ認知力が不可欠であると述べています。自らの経験を内省し、学びを抽象的概念化する力や、俯瞰的に自己および物事を捉える力が、自律的学習者には不可欠だからです。

 

●ゆとり教育の失敗

ゆとり教育が始まった当時、私の息子は小学生でした。その当時は、一人の母親として、「ゆとっている場合ではない!」と心で叫び、公立中学校に任せる訳にいかないと、中学受験を決意しました。生きる力の教育が導入された時、学校の先生も、親も、その目的や背景を理解していませんでした。そして、子どもたちの学力が低下し、ゆとり教育の失敗という評価に終わりました。

 

しかし、学力低下は、ゆとり教育の失敗のほんの一部です。より大きな失敗は、日本の教育が,生きる力(OECDキーコンピテンシー)を身に着けさせる教育に変容できなかったことです。今日、生きる力の教育は、教育現場や教員の意識からは、すっかり消え去ってしまいました。学力向上が、以前にも増して重要な教育目的となっています。数値化できる学力評価に比べて、定性的なコンピテンシー評価の曖昧さも、学校教育への導入を困難にする要因です。

 

子ども達の幸せを願わない先生や教育関係者はいません。教育関係者に必要なのは、認知理解の深いレベルで、生きる力とは何か、それがなぜ必要なのかを理解することです。教育の方法論も重要ですが、まずは、目的と成果目標の理解から始めなければ、先に進めないと感じています。

 

子ども達の幸せと、日本の持続可能な発展のために、今、教育は変わらなければなりません。「ゆとり教育」を失敗の烙印とともに忘れ去ることはできません。そのためには、ビジネス界の皆様に、お力を貸していただきたいと思います。新しい時代がどのような時代なのか、どのような力が必要なのかを、広く語ってください。そして、教育を変える賛同者、支援者になっていただきたいと思います。

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