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わかりやすいプロジェクトから学ぶ学習イノベーションの未来

文部科学教育通信 No.321 2013-8-12に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る31をご紹介します。

先日、東京大学本郷キャンパスにおいてハーバード教育大学院大学のデイビッド・パーキンズ博士によって「未来の学びとティーチング」に関する講演会が行われました。パーキンズ博士は、思考に関する研究や教授法の研究などで世界的に知られる教育学者です。世界中で今まさに起きている学習イノベーションをテーマに、「真の理解をもたらすティーチングとは何か」、「予測できない未来に向けて何をどのように教育していくべきか」の2つの問いを中心に講演が行われました。

●学習イノベーションの未来

デイビッド・パーキンズ氏の講演で特に印象に残ったのは、世界が広がるにつれて、教育の世界も広がっているということ、今後、子どもたちが人生と世界の問題に対峙していくためには、時代に合った教育を提供していかなければならない、ということでした。以下に、その概要をご紹介いたします。

広がりゆく教育の世界で起きている学習イノベーションには、大きく分けて6つのトレンドがあります。各国の教育イノベーションの在り方は一律ではなく、この6つのいずれかの組み合わせであると言えます。

1.従来の学習内容を超える

これまでにない新しい学習内容が21世紀の学習領域に含まれるようになってきています。創造性とイノベーション、クリティカルな思考と問題解決能力、コミュニケーション力などの21世紀型の技能が求められるようになっています。

2.ローカルな狭い知識を超える

1つの地域にとらわれない、グローバルな視点や課題が学習領域に含まれるようになってきています。

3.課題学習を超える

これまではテーマ(課題)が与えられ、それについて学ぶことが重視されましたが、状況は変わりつつあります。例えば、民主主義という問題にしても、それを学ぶ課題とするのではなく、自分がどのような形で関わるか、何に気を配るのか、などの個人的な視点を持ち、思考や行動のツールとしていくことが重要になりつつあります。

4.伝統的な学問分野を超える

「グローバル経済」「健康」「起業」などの新しい学習領域が含まれます。

5.教科の枠を超える

例えば、「環境」「パンデミック」「エネルギー問題」を学ぶ際には教科の枠を超えた学びが必要となります。

6.画一的な学習を超える

学習者の興味・関心に合わせてテーマを選択できるように個別のカリキュラムを組むことができます。プロジェクト学習などもその一つです。

我々はこれまでの知性では対応できない複雑で多様な世界に突入しています。この複雑に広がる社会に対応して生きていくためには、教育も、その世界において重要なもの、時代に合ったものを提供していかないといけません。現実の問題に対応できない知性を持っていても何の役にも立ちません。その意味で、従来の国語や数学などの学習科目は現実の問題に対処する力を養うには、十分とは言えません。インターネットにより、多様な情報源が活用可能になった今、生活や世界(社会)とつながりのある問題が教材となる時代になっています。

現実の出来事から子どもたちが学ぶテーマとして非常に重要だと思われるのが、2011年3月11日に起きた福島原発事故です。一つのテーマに対して深い理解と疑問を持つことで、洞察力、共感、行動、倫理を学ぶ機会が生まれます。

●「わかりやすいプロジェクト」

福島原発事故に関する国会事故調報告書に記載されている事実を多くの人々に知ってもらうために、「わかりやすいプロジェクト」を立ち上げた人々がいます。

彼らの活動の目的は、事故調の報告書をわかりやすいものにし、以下の5つの問いに対する対話が日本中で行われるようにすることです。

  • 福島原発事故では何が起こったのか。
  • 福島原発事故の教訓とは何か。
  • 何を残し、何をどう変えていかなければならないのか。
  • どれだけの選択肢があり、それぞれの選択肢がもたらす価値は何か。
  • 短期的な視点と、長期的な視点で、私たちは個々人として何をするのか。

国会事故調とは、日本の歴史上初めて、国会の指示の下、事故当事者以外の第3者によって構成された委員会です。その国会事故調が作成した報告書は、民間で行われた報告書と異なり、事故当事者からの独立性が高く、調査権限も強いものです。2012年7月5日に国会に提出された後、一年が経ちましたが、その情報はあまり広がっていません。

「わかりやすいプロジェクト」は、原発事故に関するオープンでわかりやすいコンテンツを増やすことで、国民の理解を深めて、関心の輪を広げることができると考えています。わかりやすさを具現化するために、ストーリーブックやイラスト動画を作成し、そのコンテンツを利用して、ダイアログ・イベントやワークショップ、勉強会などの実施を続けています。

イベント参加者からは、ダイアログイベント.jpg

  • 事実から目を背けずに向き合い、対話をして未来への選択をしていく。日本の選択一つひとつに世界が注目しているということを意識し、自分には何ができるかを考えて行動していきたいと改めて感じた
  • 事故に対して、事前の調査や準備、想定が非常に不足していたことがわかった。事故後2年経って、この経験はどのように活かされているのか、問題だった点と対策をひもづけつつ、自分なりに考えたいと思った

といった感想が寄せられています。起きてしまった事故を振り返り、未来に活かすためにそこから学ぼうとする意志が伝わってきます。

「わかりやすいプロジェクト」のメンバーは、日本を、民主制のもと、質問や対話が自然と生まれる国にしたいと願っています。そのために、専門家は複雑なことを義務教育修了者が理解できるレベルで説明すること、国民は、疑問に思ったことを質問して、理解することが重要です。国民が自分の考えを持ち、世代を超えて多様な意見を尊重し、オープンに話し合う世の中にすることが彼らのビジョンです。今後は、わかりやすいコンテンツの配信やワークショップ、勉強会の開催の他、中学・高校における授業やプロジェクト学習の実施、大学における講義などを始める予定とのことです。

世界の教育界では、「リフレクション」と「メタ認知力」が21世紀を生きる子ども達にとっての核となる力と言われています。もし、大人が、原発事故の教訓から学ぶことができなければ、日本の子ども達は、リフレクションの意味を永遠に理解する事はできないでしょう。リフレクションは、責任の追及ではありません。報告書を過去のものとして忘却に帰するのではなく、そこを出発点としてこの問題をいかに解決していくかを議論し、今後の日本のあり方に反映していくことです。このテーマを身近に感じ、主体的に関わろうと考えてくださる方が増えることを心から願っています。

彼らの活動に興味をお持ちの方は、是非、「わかりやすい国会事故調プロジェクト」ホームページ http://naiic.net/をご覧ください。<お問い合わせ>一般財団クマヒラセキュリティ財団内 わかりやすい国会事故調プロジェクト Email: Office-h@kumahira.or.jp TEL: 03-6809-0763

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