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スタンフォード大学から生まれたオンライン授業「コーセラ」

文部科学教育通信 No.311 2013-3-11に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る23をご紹介します。

スタンフォード大学から生まれたオンライン授業「コーセラ」が話題を呼んでいます。一流大学の講義を世界中どこからでも無料で受けられるという信じられない時代が到来しました。

米国スタンフォード大学のアンドリュー・ング、ダフニー・コラー両教授が立ち上げたこのオンライン授業には、同大学をはじめ、ミシガン大学、プリンストン大学、ペンシルバニア大学など米国の一流大学33校が参加しています。登録者数は250万人以上に上り、新たに東大を含む(2013年秋参加予定)29大学が参加を表明しています。

「コーセラ」の最大の特徴は、正規の学生が受けている大学の講義と同じ内容をオンラインにて無料で受講できる点です。講義は1週間単位で構成され、受講生は毎週、講義のポイントをまとめた動画と読み物で自主学習し、課題レポートを提出する、という流れになっています。

現在、開講されているのは、生物学、コンピューター、経済・財政学、音楽・映像学、医学や栄養学などの20領域、222講座にわたります。講座の例をあげると、「役に立つ遺伝子学」「グローバル課題解決のためのクリティカル・シンキング」「どうして心理学が必要か?」「世界の音楽を聴く」「肥満の経済学」など大人でももう一度勉強したいと思わせるような魅力的なテーマもたくさんあります。

 

このオンライン授業を始めるきっかけになったのが、スタンフォード大学の3つの人気授業です。一般公開したところ、それぞれ10万人以上が登録したそうです。例えば アンドリュー・ング准教授の人気授業「機械学習」は毎年400人以上が受講する授業ですが、同じことをスタンフォードの教室で教えようとすると250年教え続けなければなりません。そこで、クオリティの高い授業を可能な限り多くの人に届けることを可能にするために考えられたのが、オンライン学習「コーセラ」の始まりです。

190万人の学生が学ぶ「コーセラ」ですが、素晴らしいのは受講生の数ではなく、そこで学ぶ学生たちだと、コラー教授は言います。コラー教授のスピーチでは、「コーセラ」で学ぶ3人の事例があげられました。インドの村に住むアカシュは、スタンフォードの様なクオリティの授業に接する機会もお金もありません。二人の子どもを持つシングルマザーのジェニーは能力を磨き、大学に戻りたいと考えています。ライアンは、免疫不全の娘がいて家に雑菌を持ち込むリスクを回避するため、外出できません。最近ライアンから連絡があり、お嬢さんの病状がずっとよくなり、「コーセラ」で受けた授業をもとに仕事を得ることができるようになったそうです。

 

「コーセラ」は、受講生が自分のペースで無理なく学習が継続できるよう、講義用コンテンツにも工夫がこらされています。コンテンツを最初からオンライン向けにデザインすることで、1時間単位の授業をばらして、1つのコンセプトが8分~12分で分割して説明されています。学生はそれぞれの背景知識に応じて違う順序で教材を見ていくことができます。この方式を取ることで、全員に一律同じものを押し付ける従来のモデルをこわし、個人に合ったカリキュラムを組めるようになりました。また、学習内容を本当に理解したかどうかを確かめるために、学生に数分ごとに質問が投げかけられ、質問に答えられないと次に進めない仕組みになっています。

学習のためには、学生が出した答えが正しいか間違っているかを伝えるフィードバックが重要ですが、テクノロジーの進歩によって、様々なタイプの宿題の採点が可能です。選択肢式の問題だけではなく、数式や微分の問題、経営の授業での金融モデルや科学や工学の授業での物理モデル、複雑なプログラミング問題も採点できます。

人文、社会科学、経営学などの批判的思考力を見るような課題には、テクノロジーによる採点が適さないことから、学生同士の相互採点システムが採用されています。過去の経験から、学生による相互採点は教師による採点と非常に高い相関関係を示す効果的な採点方法だということがわかりました。この相互採点システムは学生に採点の体験から学ぶ機会を与える効果的な戦略です。

ネットワークを通じて、受講生同士が積極的にコミュニケーションをとれることが「コーセラ」の魅力の一つです。オンラインコミュニティでの学生同士の交流は実際の教室でのつながりよりも広くて深いものになっています。実際に毎週集まる地域限定での学習グループから他の文化圏の人との交流を望むユニバーサルな多文化の学習グループまでコミュニティは様々です。Q&Aフォーラムを通じて、わからないことや意見を求めれば、同じ授業を受講している他の学生から答えが返ってきます。世界中の学生の誰かが受講しているはずなので、およそ22分程度で返答が返ってくるのだそうです。

 

興味深いのは、このオンライン学習システムから、教師側が、人間の学習に関する様々なデータを得ていることです。何万と言う学生によるあらゆるクリック、宿題の提出、投稿データは、人間の学習に関する良い研究材料です。これらのデータを使って「効果的な優れた学習戦略とそうでないものは何か」という質問に対する根本的な答えを見つけることができます。これは生物学に革命をもたらしたのと同じ変化です。

例えば、アンドリュー・ング准教授の「機械学習」のオンライン講義では、ある課題に対し2000人の学生が同じ間違いをしたことから、この間違いを分析し原因を突き止めることにしました。現在では、この間違いに対して専用のフィードバックが用意され、学生を正解に導くことが可能となっています。これは、100人教室の授業で2人が間違ったのでは、見逃されていた問題かもしれません。

 

学習効果という点では、集団講義よりも個別学習が最も効果的です。学生全員に教師を割り当てることは不可能ですが、コンピューターやスマートフォンを提供することはできます。コンピューターは同じビデオを5回繰り返すことも同じ問題を繰り返し採点するのも厭いません。オンライン学習では、実際、習得度ベースの学習が実現され、個別学習と呼んでもいいほど効果の高い学習になっています。どこまで学習効果を高めることができるかが今後の挑戦となります。

コラー教授はまとめとして最高の教育を世界中の人に無償で提供できた時に起こることを、3つ述べています。

①   教育が基本的人権として確立されます・・・やる気と能力を持った世界中の誰もが自分や家族やコミュニティにより良い生活をもたらすために、必要なスキルを手にできる権利です。

②  生涯学習が可能になります・・・多くの人が高校や大学を卒業した時に学びをやめてしまうのは残念なことです。素晴らしい学習コンテンツが提供されることで、望む時にはいつでも新しいことを学び、視野を広げ、生活を変えることができます。

③  新たなイノベーションの波が生まれます・・・才能を持った人がどこにいるかわかりません。明日のアインシュタインや明日のスティーブ・ジョブズはアフリカの僻地の村にいるかもしれません。その人たちに教育を提供できたなら、彼らは次の大いなるアイデアを生み出し、全ての人のため、世界をより良い場所に変えてくれることでしょう。

 

5月には、米ハーバード大学とMITが協力してオンライン教育プログラムを拡充し、共同事業[edeX]を立ち上げる予定です。一流大学によるオンライン授業への進出はもはや一時的な流れではなくなっています。

*コーセラに興味をお持ちの方は動画 TED Talks ダフニー・コラー 「オンライン教育が教えてくれること」をご覧ください。

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