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サウジアラビアの教育

文部科学教育通信 No.308 2013-1-28に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑳をご紹介します。

2012年の暮れに、日本貿易振興機構(ジェトロ)が主催するサウジアラビア視察団に参加しました。団長は、昭和女子大学長の坂東真理子先生です。

サウジアラビアは、アラビア半島に位置する敬虔なイスラム教徒の国です。1932年に、アブドゥルアズィーズにより建国された君主制の国家で、国土は、日本の約6倍、その95%が砂漠です。人口は、約2900万人で、その66%が、29歳以下という若年層の比率が極端に高い国です。1938年に、油田が発見され、今日では、世界最大級の石油大国になっています。日本は、石油の約33%(2011年)をサウジアラビアから輸入しています。

 

サウジアラビアの教育の歴史

サウジアラビアの近代教育の歴史は新しく、教育制度が確立されたのは1953年で、当時の生徒数は全国でわずか3万人程度でした。女子教育が始まったのは1960年です。1960年当時、初等中等教育の就学率は、男子で22%、女子はわずか2%に過ぎませんでしたが、現在では、8割近くまで向上しました。高等教育では、1957年に初の総合大学であるキング・サウード大学が設立されています。現在では、国立大学が6校あり、約65万人の学生が学んでいます。最近では、有力王族が経営する私立大学が増加しています。

教育の基本理念をイスラム教の教義に置いていることが特徴で、サウジアラビア建国の歴史などの愛国心教育に重きが置かれています。そのため、数学、物理などの理数系科目の教育水準が低く、国際的水準に到達していないという課題もあります。

 

新たな教育改革への取り組み

2005年に発表された「国王のビジョン」が掲げる2大改革は、教育改革と、産業多様化による雇用機会の創出です。教育投資は、急増する若年人口の教育ニーズに答えるための重要な取り組みです。宗教に偏重した教育制度を改革し、教育の充実を図るために、この数年間 国家予算の25%を教育分野に配分しています。巨額な予算は、新規学校の建設、既存の学校の修繕、IT機器など教育インフラの充実、教師の育成に投じられます。予算報告によれば、2008年には、新規に2074校の学校が建設され、建設中の学校が4532校ありました。韓国のLGは、拡大する学校市場のためにエアコン工場を建設したそうです。

 

海外留学の奨励と奨学金制度

国際的なレベルで活躍できるサウジアラビア人学生を養成するために2005年に海外の大学に派遣する奨学金制度が創立され、これまでに世界24カ国に約45000人の学生が派遣されています。日本にも、この制度を活用し、248名の学生が留学しました。授業料および、住居手当が全額支給されるほか、月額奨励金と呼ばれるおこづかいまで支給されるというとても恵まれたプログラムです。

 

視察訪問先

首都リヤドでは3日間に亘り、3つの大学(アル・ファイサル大学、プリンセス・ヌーラ女子大学、プリンス・スルタン大学)と幼~高校生対象のリヤドスクール、Arts and Skills Instituteというデザイナー専門学校等を見学しました。印象に残った視察先の中から、いくつかをご紹介したいと思います。

 

女性とアバヤ

訪問先のご紹介をする前に、敬虔なイスラム教徒の国サウジアラビアの視察について触れておきます。

女性は、外出する際に、アバヤという黒い洋服とスカーフを着用するのが決まりです。親族以外の男性と対話を持つ事も原則ありません。訪問した女子部の校舎内では、アバヤを脱ぐことが許されます。もちろん、女子部の教師は、全員女性です。保護者会も、男子生徒には父親、女子生徒には母親が出席するという徹底ぶりです。このような規律に従い、私たちも、サウジアラビア訪問中は、アバヤを身にまとい、女子部の見学のみが許されました。頂戴した学校案内にも、女性の姿はなく、男子生徒の様子のみが紹介されているので、慣れないと少し違和感があります。

 

●リヤドスクール

リヤドスクールは、王族を含む多くのサウジ人の子弟が学ぶ幼・小・中・高一貫の私立名門校で、現在の理事長はサルマーン皇太子です。

2015年までに国内トップ5スクールになる事を目指し、オーストラリア人の校長を中心に、教育プログラムの充実が図られています。世界有数のコンサルティングファームであるボストンコンサルティンググループに教育効果を高めるためのコンサルティングを依頼し、スポーツ教育強化策のためにサッカーチーム、レアルマドリードと契約するなど、スケールの大きさに圧倒されました。

2013年には、小学生を含む全学生に、iPadを支給し、ITシステムを活用した教育を行う準備が始められています。国家の要請によるイスラム教育が、カリキュラムに占める割合は2割(イスラム教、アラビア語、国の歴史)で、残りの8割は、学校の独自性が尊重されています。

リヤドスクールには、男女の生徒が通っていますが、女性視察団は、女子校舎を見学しました。校長室でお会いした小学生から、直接話を聞く機会がありました。校長先生の質問に従い、将来の夢、この学校の好きなところ、改善したいところなどを、流暢な英語で話してくれました。生徒は、小学校4年生と5年生ですが、将来の夢は、外科医、作家、弁護士、学校の先生と、とても現実的でした。みんな、学校が大好きという点は、共通していました。一人の生徒が、放課後に、学校に残り何か活動をしたいと改善提案をしました。すると、校長先生が、「具体的には何時まで残りたいのか お友達も同じ考えか」と尋ねます。そして最後に、「お友達の考えをリサーチして、どういうトーンだったのか、校長先生に教えてください」と伝えました。イスラム教徒は、日本同様に目上の人を大切にすると聞いていますが、生徒の意見を尊重する校長先生の姿に、近代教育の姿を垣間みる事が出来ました。

 

●女性教育

サウジアラビアは、イスラム教国の中でも、厳しい戒律を持つ国で、アバヤや黒いスカーフの着用が徹底しています。女性は車を運転することができず、常に、男性が送り迎えをするなど、日本人女性が話を聞くと、とても不自由な生活を強いられている様子を想像するかもしれませんが、必ずしもそうではありません。

1960年代にスタートした女子教育は確実に無を結んでいます。例えば、法学部を卒業した女性は、これまで法廷に立つことが許されませんでしたが、今年から、一定の経験を積むことを前提に法廷に立つ事が許されるようになりました。女性に教育の機会が与えられ、プロフェッショナルとして活躍する環境が次々と整備されていくサウジの女性は、黒いスカーフの与える印象とは正反対に、むしろ、日本女性よりも、何倍も元気で生き生きとしているというのがプリンス・スルタン大学視察後の感想です。

 

●エリート養成教育

リヤドスクールで話題になった国家エリート養成プログラム『モヒバ』に参加している学生と、その後、偶然出会う機会がありました。小学4年生で試験を受け、理数系の優秀な学生が選抜され、『モヒバ』に参加します。環境問題を始めとする国家レベルの問題解決に必要な教育を受け、問題解決に必要な論理的思考をトレーニングしているそうです。彼女は、高校生ですが、ブラウン大学のe-ラーニングを受講する機会も与えられており、その中で、将来のキャリアを選択していくと話していました。

アバヤを身に纏い、流暢な英語で、理路整然と話す女子高生の様子には圧倒されました。アブドッラー国王のビジョンは、女性のエリート教育も視野に入れており、彼女の姿はその成果を証明するものでした。

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