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フューチャー オブ ラーニング 2012

文部科学教育通信 No.304 2012-11-26に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑯をご紹介します。

2010年、2011年に引き続き今年もハーバード教育大学院で開催されたフューチャーオブラーニング(学習の未来)研究会に参加して参りました。このプログラムは子どもたちが21世紀を幸せに生きるために、学習するべきことを検討する場として、毎夏、世界中から、現職の教員を中心とした教育関係者が集まり、意見交換をする場です。3つの大きなテーマを中心に講義、やワークショップが組み立てられていますが、今年のテーマも昨年同様、1.心や脳の働きと教育、2.デジタル革命、3.グローバル化の3本立てでした。

今年の研究会で特に印象に残ったのは、技術革新が確実に教育の世界に影響を及ぼし始めているということでした。「デジタル革命により、子ども達は、いつ、どこで、だれから、何を学ぶのかという自由を手に入れることができました。その中で学校にどのような役割が残るのでしょうか」こう話したのは、世界的にも著名な教育心理学者ハワード・ガードナー先生です。今回は「学習の未来2012」の中から印象に残ったものをかいつまんでいくつかご紹介させていただきます。

 

●Quest to Learn (クエスト・トゥ・ラーン)

2009年秋に、ゲームで学ぶ21世紀型の学校「クエスト・トゥ・ラーン」がニューヨークに開校しました。6年生から12年生を対象とする全米初の「ゲームデザインとシステム思考を学ぶ」公立校です。この学校の設計を手掛けたのが、インスティテュート・オブ・プレイという非営利組織です。マッカーサー財団から「デジタルメディアと学習」のための助成金を受けて、ゲームデザイナーとゲーム型学習の研究者が共同でカリキュラム開発と学習環境デザインを担当しました。デジタルメディアを基盤とした21世紀型学習環境校のモデル校として評価されています。

「クエスト・トゥ・ラーン」で生徒が学ぶ学習カリキュラムは、ニューヨーク州の標準カリキュラムに準拠していますが、科目を細分化せずに、5つの学習領域(①「国語・社会」総合、②「数学・理科」総合、③「国語・数学」総合、④ゲームデザインとメディアアート、⑤保健体育、道徳、栄養学に加えて⑥学内のソーシャルネットワークを領域の一つに取り上げているところが特徴的です。つまり、生徒がチームを組んで宇宙人を倒すゲームや、都市運営のシミュレーションなどを行いますが、数学と国語の知識が必要なシークレットコードがゲームの鍵になっていたり、化学物質の理解が必要だったりします。仲間と一緒にゲームに熱中しながら、仲間を信頼し、協調する態度、リフレクション、問題解決力、想像力なども身に付けていきます。

このゲームで学ぶ学校は、デジタルゲームが今日の子どもたちの生活の根幹を成し、知的探索のためのパワフルなツールである、という考えに基づいて設計されています。子どもたちの学習の中心は学校ですが、子ども達は実際には多くのことを学校の外で学んでいます。その学校外での学びを学校の中に取り入れようという試みの背景には「子どもは学ぶ必要のないものは、覚えない」という最近の脳科学の研究があります。

 

●エコ・モバイル(携帯端末を活用して野外と教室をつなぐ)

とても興味深いと思ったことは、スマートフォンなどの携帯端末を利用して、野外学習を行う試みです。

ハーバード教育大学院が中学生を対象に生態系や因果関係を理解させるという目的で、コンピューター上で環境学習を学ぶ「エコムーブ」という3Dのヴァーチャルプログラムを開発しました。「エコムーブ」上で、生徒は池とその周りの探索を行い、水中を眺めたり、生き物の観察をして水や天気、生き物の数などのデータを集めます。ある日、池で大量の魚が死ぬという事件が起こります。生徒はチームを組んで、バーチャルな池を何度か訪問し、住民から話を聞いたり、鍵となりそうなデータを集めながら、謎の解明に取り組みます。こうして、池の生態系の複雑な因果関係を学んでいきます。

この「エコムーブ」のフォローアッププログラムとして生まれたのが、「エコモバイル」という携帯端末を利用した野外学習プロジェクトです。生徒は携帯端末を持って近所の池に出かけ、搭載してある技術を利用して、写真をとったり、映像を録画したり、音声を録音して謎の解明に努めます。コンピューターで学習した際にどんなデータを集めればいいのかということを学んでいるので、 最初から、実際に科学者たちが研究するようなデータ(池の水に溶解した酸素の量、気温、池の濁り度、pHなど)をリアルタイムに集めることができます。携帯端末を利用することで、理科の授業で学んだ抽象的な事柄を実際の世界での出来事と結びつけて学習することができるわけです。

 

●MBE(心と脳と教育の関係)
脳科学の研究結果が教育に反映されつつあります。数年前から、脳科学者と心理学者と学校の先生が協力して「子どもにとって効果的な学習は何か?」ということを模索し続けてきました。ハーバード教育大学院にもMBE(Mind, Brain &Education)という新たな領域が登場し、研究会では、心と脳と教育の研究結果を掲載したNeuroscience & the Classroom (脳科学と教室)というウェブサイトが紹介されました。このウェブサイトには、脳の働きや生徒の学習についての最新の研究結果がレポートやビデオ、画像、ソフトウェアの形で搭載されています。目的は、先生方に脳科学の研究結果を授業に活かしていただき、日々遭遇する課題の解決に役立てていただくことにあります。

例えば、感情が学習に占める影響については、これまでも、「恐れのようなネガティブな感情は、学習を不可能にする」「ポジティブな感情は学習を促進させる」「だから、笑顔や握手を用いて教室を温かく雰囲気の良い場所にし、一人一人に注意を払い、生徒が歓迎されている雰囲気を作りだし、学習を楽しいものにしなければならない」というようなことが言われてきました。確かにポジティブ、ネガティブな感情の学習への影響は大きく、重要です。しかし、脳の前頭前皮質に傷害を受けた患者の研究により、感情と思考と学習には密接な関係があることが明らかになりました。合理的な考え(正しい意思決定や問題解決)は、感情の影響を大きく受けます。私たちは、問題の解決方法が見つかりそうかどうか――正しい方向に進んでいるか、間違っている方向に進んでいるかを「直感」で感じることがよくあります。感覚的に感じると思っていたわけですが、「直感」だと感じていたものは、実は、脳科学的に意味がありました。「直観」と「合理的な考え」とはコインの表と裏のような関係――つまり、「合理的な考え」が意識され、「直観」はあまり意識されないだけで、両方とも「感情的な考え」という一つのコインの表と裏のようなものである、ということが最新の研究で明らかになりました。

アントニオ・ダマシオ博士の言葉を借りていえば「感情は思考の指針である」 つまり、人は感情が動かない(やる気にならない)ことには学ぶ気にならないわけです。こうした研究結果を教室での教えに生かすことによって効果的な学習を設計していくことが可能になります。
ご興味のある方は、Neuroscience & the Classroom http://www.learner.org/courses/neuroscience/ を覗いてみてください。生徒の学びをよりよく理解し、効果的なものにしたいと考えている方ならどなたにでも興味を持っていただけるサイトです。

世界では、技術革新を利用した新しい教育の流れが始まっています。子ども達の学習や成長のプラスになるものはどんどん取り入れていく、という流れが日本の教育界でも起きるように働きかけていきたいと思います。

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