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価値創造とU理論

文部科学教育通信 No.279 2011-11-14に掲載された脱工業化社会の教育の役割とあり方を探る(10)をご紹介します。

 

これからの日本の発展を支える教育には、工業化社会を支える人材育成とともに、価値創造を実現する人材育成が求められます。そこで、価値創造に大きな影響を与えたU理論をご紹介致します。

 

U理論と価値創造


2007年に出版されたU理論は、価値創造の世界に、新たな視点をもたらしました。著者であるオットー・シャーマー氏は、U理論を生み出すために、様々な領域においてイノベーションを実現しているリーダーやイノベーターにインタビューを行いました。そして、イノベーションを起こす過程で、人の内面に起きていることを捉えることに挑戦しました。これまでのイノベーションに関する研究は、実際に起きた事とその過程に焦点を当てたものが中心でしたが、シャーマー氏は、人の内面に焦点を当てました。 研究により明らかになったことは、イノベーションを起こす過程で、共通して人の内面に「U」のプロセスが存在するという事実です。これをシャーマー氏は、U理論と名付けました。 

U理論について、簡単に説明致します。Uのプロセスは、大きく3つの領域に分かれます。最初は、センシングと呼ばれ、Uを下るステップです。この時、人は、自分の境界線の外側の世界とつながります。第2のステップは、プレゼンシング(プレゼントとセンシングを組み合わせた造語)と呼ばれ、Uの谷に位置します。そこでは、人は、自分の内側から現れる世界(源)とつながり、本当に必要でないものを手放すことができます。こうして新しい価値創造が始まります。第3のステップは、クリエイティングと呼ばれ、Uの谷を登り、新しいものを創造します。 

U理論.pngのサムネール画像

このようなプロセスを、多くの人々は無意識のうちに実践しています。内面に起きるプロセスを言語化した意義は大きく、リーダーシップ養成のあり方や、価値創造のあり方が大きく見直されることとなりました。 

私が、U理論を知ったのは、2008年に、組織学習協会(ソル)の主催する世界大会に参加した時です。出版から既に1年が過ぎていたU理論は、大会での話題の中心でした。ソルの世界大会には、複雑な社会問題の解決に取り組む人々が世界中から集まっており、当時、すでに、U理論は、環境問題、紛争問題などの解決に活用されていました。

日本では、2010年に、翻訳本が出版されて、ビジネス界を中心に活用が始まっています。また、このシリーズの6月27日号でご紹介しましたように、U理論を活用した教育の未来を創るワークショップが開催されました。多様な立場の人々が集い、多彩な視点を得ながらU理論を有効に活用して日本の教育システムを変える対話が始まっています。

今年、4月にオランダを訪問した際には、オルタネティブ教育のイエナプラン教員養成センターで、すでに、U理論の考え方が教員養成プログラムに盛り込まれていることを知り、少々驚きました。

 

アイディオの事例


アメリカに本社を持つアイディオというデザイン会社は、高いイノベーション力を持つ事で世界的に有名です。トップを勤めるトム・ケリー氏は、スタンフォード大学の教授です。2009年に東京大学でスタートしたiスクール(イノベーション教育のプログラム)の開講記念ワークショップのデザインは、アイディオが担当しています。 

 2000年にABCの「ナイトライン」で取り上げられたアイディオの特集番組は、現在でも、イノベーションを学ぶ教材として幅広く活用されています。この特集番組では、アイディオのチームが、5日間で、新しいショッピングカートをデザインする過程を紹介しています。まず驚く事はチームメンバーの多様性です。MBA、エンジニア、マーケティングの専門家、心理学者、言語学者、学生というメンバーが、チーム学習を行いながらUのプロセスを下り、谷を経て、Uの谷を登り詰めたとき、これまでに見た事の無いユニークなショッピングカートのデザインが完成します。最初のステップでは、メンバーはスーパーマーケットに出向き、シッピングカートがどのように使われているのかを観察します。そこから明らかになったことをみんなで共有していきますが、このとき、なぜ多様性の高いチーム構成になっているかが解ります。スーパーマーケット訪問から得る気付きや情報が、専門性により異なるのです。全員の意見を共有した後、いったん、自分の意見を手放し、みんなの観察から明らかになった事をもとに、ショッピングカートに求められる目的や機能に必要なことは何かを考えます。そして、実際に、デザインを始めます。デザインの過程においても、プロトタイピングを行い、何度も軌道修正をしていきます。アイディオにおけるイノベーション・プロセスは、U理論にも大きな影響を与えています。 

 

U理論を活用した教育

 

昨年より、青山ビジネススクールにおける起業家育成の講義において、私もU理論を取り入れています。また、企業においてもU理論を活用した価値創造研修を行いました。その過程で、日本の教育において強化しなければならない次のような課題が見えてきました。

<自分の心の声を聴く力>・・・Uの谷は、深く自分とつながる事を意味します。自分が何者で、何のために存在するのか、自分にとって本当に大切な事は何か。答えは、自分にしか解りません。そのためには、自分を見つめ、自分を知る必要があります。

<観察する力>・・・Uの谷を下るセンシングでは、見る・聴く・感じる力が求められます。頭だけで考えるのではなく、五感を活用することや、身体感覚を活用することなどで、得られる情報の量と質は驚くほど改善されます。

<多様な意見を価値創造に繋げる力>・・・アイディオの例のように、多様な意見を出し合い、価値創造を行うためには、チーム学習を効果的に行う必要があります。ブレインストーミングや、ファシリテーションなどの力が、鍵を握ります。

 <目に見えないことを認知し言語化する力>・・・そもそも、U理論のように目に見えない概念を理解することを、日本の学校では訓練していません。現実には、3つのレベルがあると言われています。健在化している現実、夢として存在している現実、うずきのように知覚はできても、言語化されていない現実です。そのうち、目に見えるものは健在化している現実のみです。しかし、価値創造や未来を創造するプロセスにおいては、まだ、世の中に存在しない何かを生み出すために、健在化していない現実に目を向ける必要があります。

U理論は、価値創造に新しい視点をもたらしました。誰もが、ガンジーになることはできません。しかし、U理論を多くの人々が共通言語として理解するようになれば、イノベーションを共同で作り上げることが可能になります。U理論は、1人の人生から社会変革まで、幅広く応用をすることが可能です。これまでのやり方では、ものごとがうまくいかなくなった時、ぜひ、皆さんもU理論を活用してみてください。最初にやらなければならないことは、「自分の評価判断を保留」にして多様な意見に耳を傾けることです。そうすれば自分の境界線の外に出ることが出来ます。そこには、これまでの自分が考えもしなかった新しい世界があるはずです。

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