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思考の可視化

文部科学教育通信 No.280 2011-11-28に掲載された脱工業化社会の教育の役割とあり方を探る(11)をご紹介します。

今回はハーバード教育大学院のプロジェクトゼロが提唱する学習プログラム「思考の可視化」をご紹介します。

プロジェクトゼロは、1967年にハーバード教育大学院のネルソン・グッドマン教授により、芸術教育を研究、改善する目的で設立されました。当初は芸術分野に焦点を絞っていましたが、次第に学習のあらゆる分野に対象を広げていきました。プロジェクトゼロは、人文・科学・芸術分野での学習、思考、創造性を理解・向上させることを使命としています。2代目のディレクターが、マルチプルインテリジェンスで著名なハワード・ガードナー教授です。

「思考の可視化」プログラム

「思考の可視化」プログラムとは、教科の学習の中で生徒の思考の成長を促すための体系的な学習プログラムです。このプログラムには二つの目的があります。一つは生徒の思考するスキルと思考する姿勢(好奇心、真実と理解への関心、創造性、思考と学習する機会への気づき)を育むこと、もう一つは、思考する習慣を通して教科の学習内容を深めることにあります。

「思考の可視化」プログラムは、教室での観察をもとに、生徒の思考と学習に関して調査を数年間行った結果、作成されたプログラムです。調査でわかったことは、思考と学習に関してはスキルや能力を持つだけでは、十分ではないということです。生徒の考え方が時として浅はかなのは、深く考える能力がないからではなく、深く考える機会がないこと、考えようとしないことに原因があります。思考力を習得するためには、思考のトレーニングが必要です。思考の可視化を活用した学習プログラムを通して、子どもたちは、思考のトレーニングを行い、思考に必要な能力や態度を習得します。

なぜ思考を可視化するのか?

私たちは、見たり、聞いたりすることで物事を学びます。見たり、聞いたり、模倣して学んだことを自分の興味やスタイルに合わせて取り入れていくことが学びの基本です。お手本を見ることもなく、ダンスやスポーツを学ぶことはできませんし、音を聞くことなく音楽を学ぶことはできません。つまり、思考を学ぶことは、学習することを学ぶことでもあります。思考は目に見えるものではないので、一つの結論にたどりついた思考を口頭で説明しようとしてもうまくいかない場合がよくあります。思考とは、ベールに覆われた私たちの心と脳の素晴らしい作用です。

「思考の可視化」学習プログラムを通して、生徒は自分の思考を自分自身、クラスメート、先生に対して目に見える形で表現できるようになり、学習している問題により深く関わることができるようになります。また、生徒の思考が教室で可視化できるようになると、生徒が自分の思考について考えるメタ認知能力(自分で自分のことを知り、それをコントロールする力)が上がります。生徒にとって学校は単に教えられたことを覚えるところではなく、考えを探索する場になります。教師側のメリットとしては、生徒の既得の知識、理解の度合い、論理的思考が明らかになることにより、課題を把握し、生徒の思考を伸ばすことができるようになります。

生徒の思考を育むために、教師は教室で常に以下の質問を自問しましょう。「思考は可視化できているか?」「生徒はお互いに考えをきちんと説明できているか?」「生徒から創造的な発想は出ているか?」「自分は思考を促すような言葉を使っているか?」これらの質問への答えが「はい」である時、生徒は学習への興味とコミットメントを示し、学んでいることに意味を見出し、学校と日常生活の間に意味のあるつながりを見つけます。また、思考と学習に関して、望ましい態度(単純にものごとの善悪を判断することなく、適切な疑いを持ち、ものごとを理解しようとする態度)を示します。

「思考の可視化」プログラムをルーティンとして始める

このプログラムを始める最も簡単な方法はプログラムの中にあるルーティンを授業の中に取り入れることです。ルーティンとは、実践的で機能的な思考のためのフレームワーク(質問集)で、様々な学年やどんな内容にでも適用することができます。生徒が学習の過程で何度も用いることにより、次第にルーティンを使って考えることがクラスの文化として定着していきます。

ルーティンには、核を成すルーティンのほか、理解、真実、公正、創造性の観点から思考を促す4種類のルーティンがあります。教師はどのルーティンをどのような状況下で用いるか、継続して使用するかどうかを考えます。

 

ルーティンの実践例 SEE THINK WONDER

SEE THINK WONDER(見る、考える、類推する)というルーティンをご紹介しましょう。このルーティンは以下の3つの質問集から成り立っています。
・SEE ・・・・・・・・・・何が見えますか?
・THINK ・・・・・・・・それについてどう考えますか
・WONDER ・・・・・・何が類推できますか?

人権の学習をしている5年生のクラスに対して、先生は人権に関する数枚の写真を生徒に見せます。生徒に写真をじっくりと観察させ、写真がどんな意味を持つかを考えさせます。次にルーティンに沿って質問を行うことにより、生徒の思考を可視化していきます。

例えば、子供が働いている数枚の写真を見て、生徒は以下のように答えます。

■See
先生 「何が見えますか?」
生徒 「子供が働いている」「子供がレンガを運んでいる」「あたりがゴミだらけ」「子供たちが自分の前に缶を置いて物乞いをしている」「汚い服を着た女の人が赤ちゃんを抱えている」

■Think
先生 「それについてどう考えますか?」
生徒 「子供たちは自分の意思ではなく、強制的に働かされているようだ」理由は、「好んでやるようないい仕事ではないから」「子供たちが深刻な顔をしているから」「子供が背負っている袋はゴミ袋のようだから」

■Wonder
先生 「何が類推できますか?」
生徒 「壁が壊れているから、戦争があったのかもしれない」「子供たちは、本当は働きたくないのだと思う」「働く代わりに学校へ行きたいのだと思う。それができないのだから子供たちはすごく貧しいのだと思う」「親が働かせているのだと思う」

ルーティンに沿って考えることにより、生徒は慌てて結論に飛びつくことなく、じっくりと思考を言葉にしていきます。このルーティンは、生徒の思考を促すことを目的としていますが、相手の言うことを聴き、誰かが言ったことについて一緒に考えることにより、生徒の社交性を育むことにも役立っています。話の状況をより良く理解するために、誰かが言った意見の理由を一緒になって考え、お互いに助け合うことを重ねるうちに、教室で行われる思考はだんだん面白いものになっていきます。

さて、思考の可視化に関する以上の文章を読んで、学習に関する皆さんの考えに何か変化はあったでしょうか?思考を可視化する意味を少しでも感じ取っていただけると嬉しいです。
最後に、学習の振り返りを行う際に役立つルーティンを一つご紹介します。

  • I used to think..., Now I think.....

(○○についてこれまでの私は…と考えていた。今、私は…と考えるようになった)
学習を通じての変化を言葉にすることで進歩を可視化できるパワフルなルーティンです。何かの折に使ってみてください。

出典: Project Zero Visible Thinking

See Think Wonderの実践例は、DVD“Visible Thinking” Produced by the Visible Thinking Team at Project Zero at the Harvard Graduate School of Educationより。

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