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システム思考

文部科学教育通信 No.275 2011-9ー12に掲載された脱工業化社会の教育の役割とあり方を探る(6)をご紹介します。

 

システム・リテラシー
複雑な社会に生きる子供たちの問題解決力を向上するために、欧米では、システム思考の教育が始まっています。

 システム思考教育の専門家リンダ・ブース・スィーニー氏は、世界が今求めているのは、21世紀を生きるために必要となる「システム・リテラシー(複雑なシステムを理解する知識・能力)であると言います。食料問題、経済危機、貿易・財政問題、エネルギー問題、温暖化の危機などに共通して言えることは、問題を作っているのは個々の要素ではなく、さまざまな要素の相互依存的な関係であるということです。このような問題には、問題の原因となる要素を特定して解決するアプローチでは、問題はなくなりません。問題の起きている状況をシステムとしてとらえ、システムそのものの構造変革を行う必要があります。

 昨年、ボストンで開催されたシステム・リテラシー教育(対象は幼稚園児から高校生)の研究会に参加しました。主催は、NPOウォーターズ・ファンデーションです。3日間に亘り開催された研究会には、システムダイナミックスの生みの親であるジェイ・フォレスター教授や「学習する組織」の提唱者であるピーター・センゲ氏も、アドバイザーとして同席くださいました。

 研究会では、教師による実践報告が行われました。幼稚園では、生態系など自然の中にあるシステムを学びます。「雪だるまが斜面を転がり落ちて大きくなっていくように、何かが蓄積しているのか?」(拡張ループ)、「ヨーヨーのように、上下に動いて、バランスしているのか?」(バランスループ)、「どのように、ある生物の排出物が、ほかのプロセスの食糧となっているのか?」など、子供たちは、システム・リテラシーを身につけると、ものごとの相互の関わりに関心を持つようになります。また、物事には、「パターン」があることに気付き、「今、起こっていることと似たような状況は何だろうか?」と考えるようになります。実際に、幼稚園児や小学生にシステム思考を教えている先生方のお話を伺うと、子どもはシステム思考がとても得意だと言います。赤ちゃんは、言葉がしゃべれなくても、親の関心を引くことができるのは、システム思考を活用しているからだと説明を受け、なるほどと思いました。

 

シミュレーション学習

中高生になると、コンピューターシミュレーションを使い、経済問題や環境問題などの構造をシステムと捉え、分析を行う授業も行われています。研究会で紹介された2つの事例をご紹介します。

アリゾナ州ツーソンにある公立中学校では、10年以上も前からシステム思考を取り入れた授業を行っています。システム思考のツールを駆使して、システムの複雑さを紐解き、他のシステムとの関わりを調べるというプロジェクトです。プロジェクトでは、「自分の運命をコントロールする方法」「原子力発電所の設置場所を考える」「国定公園のデザインを考える」「飢饉を克服する方法を探る」「景気後退の原因を探る」「金銭を管理する」などの現実社会と密接に関連したテーマが取り上げられます。「金銭管理システム」のシミュレーション学習では、生徒たちは限られた予算の中で、請求書の支払いを済ませ、残ったお金の中から、部屋の家具を買い揃える、という実生活に基づくシミュレーションゲームを行います。口座が赤字にならないように気をつけながら、クレジットカードを用いて買い物をして、月々の請求金額を支払うというゲームを行いながら、生徒たちは生活で使われる小数点の計算や掛け算を実際に学んでいきます。「国立公園のデザインを考える」などのテーマは、コミュニティの人々との恊働プロジェクトです。コミュニティ活動への参画および、実践的なプロジェクトへの参画は、生徒にとって貴重な体験学習となります。ツーソンでは、卒業生を対象に、システム思考を活用した学習が、どのように彼らの人生に役立っているかを調査しました。その結果、学生達が感じた興奮、培った自信、他者の視点を理解する共感性、そして答えのわからない問題へ対処するための行動習慣は、成長して若者になった彼らの中に生き続けていることが明らかになりました。ツーソンの取り組みは、教育界において、システム・リテラシー教育のモデル事例として高い評価を得ており、世界中の学校関係者が年間を通じて見学に訪れています。

 

サステナブル・スクール・プロジェクト

バーモント州バーリントンの小学校では、システム思考を活用した「サステナブル・スクール・プロジェクト」が展開されています。「サステナビリティ(持続可能性)」をテーマに学校改革とコミュニティとの協働活動を行うプロジェクトです。コミュニティのサステナブルな未来に向けて、学校とコミュニティが連携して活動を行います。カリキュラムを通して、生徒がコミュニティの中での役割を認識し、将来的には、地球規模で影響を及ぼす一人ひとりの判断と行動の重要性を学びます。環境サミットの地球温暖化シミュレーションにも活用されているシステム思考は、持続可能性を考える上で、不可欠な思考です。工業化社会を中心とした経済活動の発展というシステムは、環境を破壊するシステムを作り上げました。経済活動が環境に与える作用を無視した環境保護の取り組みは功を奏しません。現在の豊かさと、子孫のために地球環境を守ることを同時に実現するためには、システム全体を俯瞰した判断が求められます。サステナブル・スクール・プロジェクトは、21世紀を生きる子どもにたちに必要なシステム・リテラシー教育と環境教育をともに学べる最適な実践学習の機会となっています。

 

ビジネスや学校改革にも活用

システム思考は、子どもの教育のみならず、学校改革にも活用されています。オランダでシステム・リテラシー教育を学校に導入したユッテン校長先生は、教師がそのスタイルを50年間変えていないことを問題視しています。学校は環境の変化に適応し、社会の中で重要な役割を果たす存在を目指すべきであるという強い信念を持ち、学校改革に取り組まれています。学校は、子供たちがテストだけではなく、人生でも成功を収めるために不可欠な存在であるべきだと彼は主張します。そのために、教室と学校システムの全体像を理解し、望む方向に変化を促すために、システム思考が有効であると言います。ユッテン氏は、チーム学習を通じて、教師がシステムの全体像を理解することにより、改革が可能になると言います。ユッテン氏は、ピーター・センゲ氏の著書「学習する学校」にも紹介されており、現在、オランダにおけるシステム思考の第一人者として、教育における新しい取組みを実践されています。

                オランダの小学校版「システム思考者の習慣」オランダのシステム思考者の習慣.png

                  オランダでは4歳で始まるシステム・リテラシー教育

 

日本では、ビジネス界を中心に、システム・リテラシー教育が始まっています。ビジネス界も、欧米に比べると20年位遅れての導入です。教育界にも、ぜひ、システム・リテラシー教育を導入していただきたいです。

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