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シチズンシップ教育

文部教育科学通信 No.273 2011-8-8 に掲載された脱工業化社会の教育の役割とあり方を探る(4)をご紹介します。

 

シリーズ第4回は、オランダのシチズンシップ教育「ピースフルスクール」のご紹介です。 

ピースフルスクールは、1999年にオランダのエデュニクス社により開発され、現在、約350校に導入されているシチズンシップ教育です。ピースフルスクールという名前のとおり、学校をひとつのコミュニティと捉え、先生と子供たちが一緒に考え、行動する民主的な共同体を実現することを狙いとしています。

ピースフルスクールに通う子供たちは、主体性と社会性を身につけます。 

 

他者理解と課題解決

今年4月、オランダ、ユトレヒト市にあるピースフルスクールを訪問した際に体験した事例をご紹介しましょう。

小学校3年生のクラスでは、先生を囲み、家族についての授業が行われていました。授業の始めに、先生は、単元の目的と流れを子供たちと共有します。授業のスタートはアイスブレイクから始めます。この日のテーマは、感情表現です。先生の「悲しい人はいますか?」との問いに、何人かの子供が手を上げました。「お兄ちゃんが、怪我をして入院をしているので悲しいです。」「おじいちゃんが明日、モロッコに帰るので悲しいです。」各自、その理由を語ります。このようにして、子供たちが、自分の感情を他者に伝えることや、他者の気持ちを理解することを学びます。その後、少しだけ先生による講義があり、すぐにグループワークが始まりました。グループワークのテーマは、自分の家族について、相互にヒアリングをする内容でした。「あなたのおうちでは、誰がお料理を作りますか?」など、家族に対する質問をし、記入用紙を埋めていきます。グループワークが終わると生徒は席に戻り、先生との対話が始まります。 

これから発表があるのだろうと予測していた私は、次の展開に驚きました。先生は、「今、ピースフルでない人は?」という質問を生徒に問いかけました。一人の子供が手を上げました。「なぜですか?」と先生が聞くと、「グループワークにうまく参加できなかった。」と答えます。「あなたは自分の気持ちを述べ、グループのお友達は、そのことに対処したのですか?」と先生は聞きます。「いいえ」と答えると、「授業が終わったらちゃんと話し合いをしてくださいね。」と先生が言います。先生は、仲良くグループワークができなかったことを注意するのではなく、問題に対処していないことを注意します。子供たちは、自分たちで課題解決をするという考え方が徹底されていました。 

低学年のクラスでは、文字では理解できない子供もいるため、掲示板に行動規範が写真で掲示されていました。「一緒に遊び分かち合う」「勉強は静かに行う」「悲しい人を見つけたら励ます」「かたづけは一緒にする」「お互いに親切にする」「順番を守る」「約束を全員が共有する」などです。クラスのポジティブな発言をハートのカードに記入した掲示からは、褒めることを奨励していることが見てとれました。

 

 仲裁役から学ぶこと

ピースフルスクールでは、喧嘩の仲裁役を子供たち自身が担っています。仲裁役は上級生の12名が担当します。毎日、男子1人と女子1人の2名が仲裁役を務めます。仲裁役に選ばれるためには、「なぜ私は仲裁役を務めたいのか?」というレポートを書く必要があります。審査により選ばれた仲裁役には、特別なトレーニングが用意されています。 

1階のロビーには今日の仲裁役の写真が掲示され、仲裁役は、休み時間に仲裁役の帽子をかぶり、校庭に立ちます。そして、喧嘩をしている子供たちを見つけたら、仲裁を行うという仕組みです。仲裁役は当事者を座らせると、まず、仲裁の流れとルールを説明します。当事者同士が、とても感情的になっている時には話を始めず待ちます。感情が落ち着いたら、一人ずつに何が起きたのかという事実関係を話してもらいます。話し終えたら、その内容を要約し、自分たちが正しく理解しているかを当事者に確認します。そして、次に、当事者が相手の意見を聞き、お互いの気持ちを理解する時間を作ります。「相手は今どんな気持ちだと思うのか?」に答えられないと、席を移動して、相手の座っていた椅子に座り、相手の立場を想像してもらいます。 

このようにして、お互いの考えや気持ちを理解する過程を通じて、感情や対立に対処する方法を習得します。この際、仲裁役は、どちらにも公平に関わることが重要です。学校訪問時、2人の優秀な仲裁役にインタビューをさせていただきました。子供らしい笑顔を見せながらも、落ち着いて静かに話す様子は、小学5年生とは思えない落ち着きです。 

ピースフルスクールによるシチズンシップ教育の魅力的なところは、スキルや知識としてシチズンシップを学ぶのではなく、学校の文化として先生と生徒が、それを体現しているところです。さらに、親や地域にまでこの活動が発展していることも特徴です。子供たちは、家庭で親が喧嘩をしていると、「仲裁役をやりましょうか?」と真顔で聞くそうです。以前は、街の中で喧嘩を見つけると、「どうしたのですか?」と、仲裁に入ろうとしたそうですが、大人の喧嘩に介入するのはとても危険なことなので、現在では、自分より年下の子供に対してのみ、学校の外では仲裁をしてよいというルールを作りました。また、最近では、学校の外にあるコミュニティ全体にも、ピースフルスクールの仕組みを導入する試みがスタートしています。

 

主体性・社会性を育む教育

子供たちは、シチズンシップ教育を通じて、集団活動において、対立が起きることは自然なことであり、決定の際には、全員の希望は通らないことを学びます。日本では、空気を読んで発言をとどめることや、我慢することで調和を保つという共同体におけるマナーを習得するのに対して、ピースフルスクールの子供たちは、自らの意見を明確に持ち、悲しい時には自分の気持ちを伝え、いやな時にはノーと言う練習をします。また、他者の気持ちに共感することや、他者の話を聞く練習をします。そのうえで、対立に対しては主体的に問題解決をすることを学びます。このような練習をしているので、子供同士のいじめの問題解決の仕方も日本とは様子が違います。いじめられていると感じた子供は、自らそのことを相手や先生に伝えます。そのうえで、どのように接してほしいのかを明らかにし、自ら、自己を守る練習をします。先生も、その様子を常に見守ります。

 

ピースフルスクールを見学し、オランダの民主的な社会は子供の頃からの主体性を育む教育の上に成り立っていることを学びました。また、子供たちに、社会性を教えることで初めて、主体性が生かされることも理解しました。社会性も主体性も、私たち日本人が、歴史的、文化的に適合しないという理由から避けてきたテーマです。 21世紀を生きる子どもたちは、日本人としての誇りを持つとともに、地球市民として社会に貢献することが求められます。そう考えると、日本においても、新しい視点で主体性や社会性を育む必要があるのではないでしょうか。学校という安全な場で、主体性と社会性を身につけるシチズンシップ教育を日本でも始められるように準備を進めています。ご興味のある方は、日本教育大学院大学まで連絡をください。

 

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