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技術革新と倫理教育

文部科学教育通信 No.305 2012-12-10に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑰をご紹介します。

2012年9月に、岡山県マルチメディアフォーラム協会からの要請を受けて、「技術革新が子ども達に与える影響と倫理教育」について次のような話を致しました。

OECDは、時代を表すキーワードを、変化、複雑性、相互依存の3つで表しています。ゲーム、Wikipedia、Facebookが当たり前の時代を生きる子どもたちは、多くの時間をインターネット上で暮らし、より多くの人々と繋がり、より多くの機会を持てるようになりました。技術革新は、個人の持つ力をより大きなものにしましたが、その結果、個人は より大きな社会的責任を担う事になりました。しかし、子供たちを取り巻くこうした変化に対する対応は個人的なものとして扱われ、日本の学校教育では、インターネット利用上のマナーに関する倫理教育がなされていないのが現状です。

クマヒラセキュリティ財団では、現在、海外の民主主義や倫理の教育の研究を行っています。昨年4月に、オランダで学校視察を行った際に、画期的なシチズンシップ教育プログラム「ピースフルスクール」に出会ったことは既にお伝えしましたが、このプログラムから、小学校6年生を対象とした、オンラインでのコミュニケーションに関するレッスンの一部をご紹介し、技術革新と倫理教育の重要性について考えてみたいと思います。

● ソーシャルメディアを介したコミュニケーション

①   コミュニケーションの種類と使い分けに対する自己認識を深めるため、先生はクラス全員に対して次のような質問をします。

–       インターネットをどのように使いますか?よくアクセスするサイトは?

–       携帯電話で誰と話しますか?

–       よくメールをしますか?誰に対して、どうして、メールを使いますか?

–       手紙を書くことはありますか?誰に、どんな時に書きますか?

–       一番好きなコミュニケーション手段は何ですか?それはなぜですか?

②   メディアについて話します。

メディアは、遠くからでも多くの人に伝達が出来る手段です。例えば、新聞、ラジオ、テレビ、雑誌等がメディアです。メディアとは、メッセージを送る手段のことです。ソーシャルメディアは、他の人とオンラインで「出会う」場です。

生徒を二人一組にして、ソーシャルメディア上のコミュニケーションについてお互いに質問をさせます。

–       よくインターネットをしますか、あまりしませんか?

–       どんなサイトによくメッセージを載せますか?

–       ネット上でのハンドルネームは何ですか?

–       Facebook上でたくさんの友達がいますか?

    その後、相手についてどんなことを発見したかについてクラスでディスカッションします。

③   インターネット上では姿が見えない

ハリー・ポッターの透明マントとインターネットで匿名であることを比較します。次のように生徒に言います。

–       ハリー・ポッターの「透明マント」を知っていますか?「透明マント」で覆うと、体の一部やその他のモノが目に見えなくなります。透明になったら、あなたはどうしますか?

–       インターネット上のメッセージは匿名であることが多いです。匿名とは「どこにも名前が載っておらず、無名であること」という意味です。メッセージが誰のものか、わかりません。差出人の名前が書かれていない「匿名の」手紙のようなものです。

–       インターネット上では誰かと直接話をするのとは違います。言葉が違うし、顔が見えないために、自分の行動が行き過ぎることがあります。なぜなら、誰もそのことについて口出しせず、他の人の反応も自分には見えないからです。また、とても個人的な情報をインターネット上に乗せてしまう危険性があります。

–       だから、特に意識して、礼儀正しくソーシャルメディアを使う必要があります。

● ネットいじめと普通のいじめ

普通のいじめとネットいじめの違いについて次のような方法で学習します。

①いじめ役と犠牲者によるロールプレイを行います。

【普通のいじめ】

校庭で、実際に相手と対面します。

–       いじめ役は、「みんな、お前のことを嫌っているんだ。誰もお前のことが好きじゃないんだ。仲の良い友達ですらそういっているだ ぞ」と発言します。

–       犠牲者は、相手が、言い終わるのを待たずに、いじめ役の言ったことに反応します。

【ネットいじめ】

     相手と対面せず、インターネット上でやりとりをします。いじめ役と犠牲者は、お互いに背中を向けて席に座ります。

–        いじめ役は、犠牲者に次のような内容の悪口メールを書き、タイプした内容を口に出します。「みんなお前のことを嫌っているんだ。誰もお前のことが好きじゃないんだ。仲の良い友達ですらそういっているだぞ」

–        犠牲者は、悪口メールを受け取ったところを演じ、思った事、感じた事を口に出します。

②以上のロールプレイを行うことで、生徒は次のような違いを学びます。

–       ネットいじめでは、いじめる側は、自分のいじめ行為が相手にどんな影響を及ぼすかを解っていません。

–        匿名であることが普通のいじめと大きく違う点です。誰に、いじめられているのか解らないということは、とても恐ろしく、誰も信じられない気持ちになります。

–        ネットいじめでは、いじめる側から逃げられないという事実があります。普通のいじめは家に帰れば、終わりですが、ネットいじめは、寝室までつきまとわれるので、家ですら安全な場所ではなくなります。

–       ネットいじめのメッセージは、ずっと長い間、インターネット上に残ります。

      -       最も大きな違いは、傍観者がとても多いという事です。誰でも傍観者になれます。

③ネットいじめに対処します。

    前記のような理由から、生徒は「ネットいじめは普通のいじめよりもずっとひどい」ということを学びます。ネットいじめにあったら、以下のような方法で対処します。

      【ステッププラン】

–      ネットいじめは、無視します。

–       無視できないなら、父親、母親、兄弟、友達、学校に相談し、助けを求めます。

–       チャットルームでいじめられた場合には、管理者に報告し、相手のメッセージを削除してもらいます。

–       脅迫されたら、警察に通報します。

   傍観者は、

–        いじめられた人を助けます。

–        先生に言います。

–        一緒になっていじめてはいけません。

 

● 言論の自由の境界線について

言論の自由について次のように教えます。

「言論の自由とは、何でも自分の意見を言ったり、書いたりしてよいということです。誰でもラジオやテレビ、インターネット、新聞、本、ポスター、口頭で自分の意見を言っていいことになっています。刑務所に入れられるのではないかと心配をすることなく、自分の意見を表現できるという権利です。言論の自由はとても大切ですが、世界中どこの国でも適用されているものではありません。オランダでは、幸い適用されています。しかし、何でも自分の思い通りに言ったり書いたりしてよい訳ではなく、その自由には境界線があります。境界線とは、他の人を傷つけたり、わざと侮辱したりしてはならないということです。差別や憎しみを引き起こすことを言ってはいけません。プライバシーの侵害や、他の人についての嘘も、もちろん、言ってはいけません」

オランダでは、シチズンシップ教育の中で、言論の自由を持つ国に生きる幸せとともに、言論の自由にも境界線があるということを、小学生の時から教わります。コミュニケーションにおいて、言論の自由の境界線がどこにあるのかを学び、その上で、さらに、ネット上のコミュニケーションにおける言論の自由の境界線を学んでいます。私たち大人も、子ども同様に、ネット上のコミュニケーションにおける正しいマナーを学ぶ必要があるように思います。

次世代の青年が世界で生き抜く力

文部科学教育通信 No.295 2012-7-9に掲載されたグローバル社会の教育の役割とあり方を探る⑨をご紹介します。

 

5月31日に日本ギャップイヤー推進機構協会(JGAP)主催のセミナーで「次世代の青年が世界で生き抜くための教育力」をテーマに講演を行いました。大学生や社会人、教育関係者の方々100名程度の方々にご参加いただきました。今回は、講演会でお話しした内容をご紹介したいと思います。

 

講演の初めはこれまでの大学に期待されてきたことをお話しさせていただきました。

これまでの大学への期待

2010年7月に、慶応大学でリアル熟議が行われ、参加致しました。「大学は、もういらない?~私たちと大学はいかにあるべきか~」をテーマに、大学生、高校生、経営者、企業人事担当者などにより討議が行われました。「受験」「大学生活」「就活」の3つのグループに分かれて話し合いが持たれ、私はそのうちの「大学生活」のグループに参加しました。

そこで明らかになった学生の声とは、「大学は、優良企業に就職するための資格を取得し、人生におけるモラトリアム期間を過ごす場所」であり、「大講堂の授業には、意義を感じていないが、さまざまな活動に参加して、授業以外のところで十分充実感を味わっているので、特に問題だと感じていない」ということでした。これは、これまでの高等教育に対する学生の期待であり、その前提には、卒業後は、終身雇用を前提に大企業に就職することが、幸福を保障するという社会がありました。

 

これからの大学への期待

今後、同様の安定した社会は続かないであろうという認識の下、高等教育に対して新たな期待が広がっています。学生や親は、複雑で変化の激しいグローバル社会において、幸せな人生を生きる力を身に着ける教育を求めています。企業や社会も、持続可能な社会の発展を実現する人材を求めています。

2010年3月に、ハーバード大学のファウスト学長が、来日し、レセプションが開かれました。学生の質問に答えて、ハーバード大学の使命は、意義のある人生を生きるための「道具」を提供することとおっしゃっていたのが印象的です。

新しい時代が求める教育とは何かを、より具体的にご紹介しましょう。

 

脱工業化社会

一つ目のキーワードは、「脱工業化社会」です。日本の教育は、運動会をはじめとする団体行動を訓練し、先生の話を聞く素直な子を育て、工業化時代に、効率と画一性に貢献する人材を育ててきました。日本人の情報処理能力の高さは、日本製品の品質向上に寄与しました。しかし、脱工業化社会においては、新たな力が必要になります。組織は、フラット化し、上司の指示に従う人材ではなく、自ら考え、行動する力が求められます。生産性に加えて、創造性がより重要になります。発想する力を持つ人材が求められます。

 

「変化」「複雑」「相互依存」

今、世界中の教育が変わろうとしています。その大きな流れを作ったのは、2002年に発表されたOECDのキーコンピタンシーです。OECDは、これからの時代を、変化、複雑、相互依存という3つのキーワードで表し、求められる力をキーコンピタンシーとして定義しました。残念ながら、これまでの教育では、その力を身に着けることができません。

 

●変化&スピード

業務のIT化により、単純な情報伝達や情報処理は、すべてコンピューターにとって代わられるようになります。書類を届ける仕事や、会議の日程調整など、かつて人が行っていた仕事は、IT化されてしまいました。その結果、人には、より高度な情報処理能力が求められます。インターネット、ツイッター、フェイスブックと次々に生まれる新しい技術を使いこなせなければなりません。そして、この技術革新をけん引するイノベーションを起こすことが求められています。

 

●複雑

専門化がますます進む一方で、問題を解決するために、専門性を超えた知の融合が求められています。ハーバードビジネススクールでも、最近では、発展途上国の医療問題などに取り組んでいます。しかし、この領域において問題解決に取り組むためには、ビジネススクールの専門性のみならず、発展途上国の開発を専門とするケネディースクールや、メディカルスクールの力が必要になります。専門性を極めるとともに、知を融合させるコミュニケーション力、創造的問題解決力が求められるようになっています。

 

●相互依存

持続可能な経済成長も、環境問題の解決も、日本の力だけでは解決できません。地球を一つのシステムととらえて問題解決にあたるシステム思考や、国境を越えたリーダーシップが求められるようになっています。ブリックスに続く、ネクストイレブン(N-11)、一日2ドル以下で暮らす地球の半数にあたる30億人の人々も、今日では、経済活動に参画する時代になりました。文化、宗教、生活習慣、言葉の異なる人々と働くことが当たり前の世の中になってきています。

 

リーダーシップ

●リスクをとる
知り合いのベンチャーキャピタリストは、ここ数年、革新的な技術を日本企業に紹介してこられましたが、会議にたくさんの人が参加し、何度も打ち合わせを繰り返した後で、最後に、実績がないという理由から契約に進まないそうです。仕方なく隣の韓国に同じ技術を持っていくと、「まだ誰もやっていないのですね。」と、技術の新規性が意思決定の理由になります。リスクをとるリーダーがこれからは求められます。

 

●大きな目標を実現する
大きな目標を実現するために、創造的に問題を解決する必要があります。

だれもが、不可能であることを実現するのですから、これまでの発想の延長線に答えはないからです。大きな目標には、大きな壁があります。小さな目標を達成することで満足するのではなく、大きな壁を乗り越えて創造的に問題解決を行う能力を備えたリーダーが求められます。

 

●不確実な時代のリーダー
不確実な時代の手本として、2008年10月に、ハーバードビジネススクール100周年で聴いたGEのイメルト会長のメッセージを紹介します。

「911、リーマンショックと次々に予想外の出来事が起き、頭を抱えました。32万人の社員の前に、『私はどうすればよいかわからない』と言うわけにはいきません。そこで、『決断して、行動して、間違ったら、軌道修正すればよい』と決心しました。毎晩今日行ったことを反省しますが、翌朝には、自信満々の自分になります」

不確実な時代は、決断し、行動し、失敗を認める勇気を持ち、日々自分を振り返り、反省はするものの、決して自信を失わないポジティブなリーダーを求めています。

 

アントレプレナーシップ

閉塞感を打破するために、アントレプレナーの出現が不可欠です。

スティーブジョブスのスタンフォード大学の卒業式でのスピーチに感動された方も多いと思います。スピーチの最後に、彼が卒業生に伝えたのが、ステイハングリー、ステイフーリッシュという言葉です。これは、まさにアントレプレナーの心得であり、日本にも、かつては、本田宗一郎氏、盛田昭夫氏、井深大氏のようにステイフーリッシュ、ステイハングリーを体現した先輩たちがいます。日本人は、アントレプレナーに向かないという人もいますが、それは間違いです。時代は、アントレプレナーを求めています。

このような心得を持った人材がこれからの時代には必要です。

 

高等教育に取り組む皆さんと一緒に、新しい時代が求める若者、不確実な時代においても、幸福に生きる力を持つ若者を育てて生きたいと思います。

『女性MBAのサステイナブルなキャリアマネジメント~多様化する競争社会での戦略的なキャリア構築~』

MBA取得後のキャリアの節目、節目でMBAで学んだことをどのように生かしてきたかについて、成長しながら自分の人生を創ることを可能にするMBAで学ぶ意義について、基調講演を行いました。

日時:2010年5月22日(土)    
場所:アクシアムキャリアフォーラム(東京六本木)
主催:株式会社アクシアム http://www.axiom.co.jp/
協力:ウーマンMBA http://www.womenmba.org/
概要: 
第1部  『MBAは女性のキャリア開発になぜ有益か?』
第2部 パネルディスカッション 『女性MBAのサステイナブルなキャリアマネジメント』
パネリスト:
柴田 佳代子 氏(株式会社ジャパン・カンターリサーチ/カンター・エクスプレス事    業部マネージング・ディレクター/UCLA 2001)
武井 涼子 氏(マッキンゼー・アンド・カンパニー/アソシエイト/Columbia 2008)
西川 久仁子 氏(株式会社スーパーナース/代表取締役代表執行役員社長/Stanford 1992)
松尾 茜 氏(A.T.カーニー株式会社/アソシエイト/M.I.T. 2008
モデレーター:
熊平 美香 氏(日本教育大学院大学/学長/HBS 1989)

基調講演とパネルディスカッションの概要についてはこちらからご覧下さい
http://www.axiom.co.jp/event/fom100522/index.html

脱工業化社会と教育

日本教育大学大学院 第2回研究大会(2009年11月28日)で講演を致しました。 以下に概要を記します。

【概要】
「2020年に、社会に出る子供たちは、どのような時代に生き、どのような貢献が期待されるのでしょうか。そのために、私たち大人は、何を子供たちに教える必要がありますか。そのために、私たちに何ができますか」皆さんとともに、その答えを見つけ、建学の精神である「教育の次代を創る」に貢献したいという思いから、本テーマを選びました。

2000年に発表されたOECDの「生徒の知識と技術の測定(PISA)」の報告書の序文に、Prepared for Life (人生の準備は万全か)というタイトルで次のように書かれていました。「若い成人が未来の挑戦に対処すべく、はたして十分に準備されているだろうか。彼らは分析し、推論し、自分の考えを意思疎通できるであろうか。彼らは生涯を通じての学習を継続できる能力を身につけているだろうか。父母、生徒、広く国民、そして教育のシステムを運用する人々は、こうした疑問に対して解答を知っておく必要がある」

日本教育大学院大学の学長に就任するまで、私は、企業や組織人を対象とした成人の教育に約15年係わってきました。その結果、いわゆる優等生に共通の2つの課題があることが明らかになりました。一つは、「あなたはどうしたいのか」と聞くと、硬直してしまうことです。小さい時から、親や先生や社会の求めるレールを走る子供たちには、次々とチャレンジが与えられます。良い成績をとる、良い学校に合格する、一流企業に就職するなど、自分がどうしたいのかを考える必要もなくチャレンジテーマが与えられ、そして、それに答えると褒められるのです。その結果、自分は、どうしたいのかという問いかけをすることなく大人になるのでしょうか。二つ目は、正解が一つでない問題に答えられないことです。勉強における問題を解くプロセスは、設問が与えられ、効率的に問題を解き、一つの正解に到達するプロセスです。ところが、正解が一つでない問題の多くは、問いが用意されているわけではありません。自分で、問いを立て、答えを見出さなければなりません。

私は、本学に来るまでOECDの序文の存在を知りませんでした。この序文を読み、先に述べた2つの課題と共通点があることに気付きました。多くの企業は、すでに、前例のない問題解決の力を必要とし、自分の意思でそこに立つリーダーを求めるようになりました。未来の挑戦は、もうすでに始まっているのです。

日本の教育は、工業化社会における日本の経済成長に大きく寄与してきました。工業化社会の幕開けは、1908年にスタートしたT型フォードの大量生産への取り組みです。工業化社会に求められるのは生産性です。日本の学校が教える組織行動は、画一性、効率やスピードによる生産性の向上を支えました。また、質の高い日本人の情報処理能力は、モノづくりの現場における品質管理に大きく寄与しました。

私は、高校の時、NY州の田舎町にあるイサカハイスクールに1年間留学しました。クラスルームはなく、自分の机もありません。履修するクラスは自分で選択します。卒業旅行、キャンプ、運動会など全員参加の行事はありません。このような教育は、集団行動を学ぶには、あまり良い結果をもたらしません。その一例をご紹介しましょう。1989年、100人のハーバードビジネススクールの学生を連れて日本に帰国しました。成功している日本企業を見学しインタビューをするためです。企業訪問の合間に休憩時間を設けましたが、休憩が終わり、歩き始めて10分もたたないうちに、学生が、お手洗いに行きたいというのです。こんなことが、数回続きました。「休憩時間にお手洗いをすませる」日本人にとって当たり前の集団行動を知らないアメリカ人たちは、自分が集団行動に迷惑をかけているという概念すらないようでした。

このように、日本の教育の素晴らしいところはたくさんあります。しかし、脱工業化社会という新しい時代において、新たに求められることがあるはずです。本日の講演内容を日本の教育の未来を考えるきっかけにしていただけたらと思います。これまでの教育では、「生きる準備が万全」と言えない新しい時代とは、どのような時代なのでしょうか。

1989年ベルリンの壁が崩壊し、冷戦時代が終焉します。そして、地球全体が、自由資本主義に基づく経済活動の渦に巻き込まれることになります。国際関係に使われていたインターナショナルという言葉は、ソ連が崩壊した1992年以降、グローバルという言葉に変わります。かつて、グローバル競争の脅威とは、欧米企業が、日本を指す言葉でした。しかし、今日では、日本企業も、欧米や新興国によるグローバル競争の脅威にさらされるようになりました。経済のグローバル化は、実態経済よりも、IT化に支えられた金融経済においてより大きな発展を遂げました。

コンピュータや情報通信分野における技術革新のスピードは、ドッグイヤーと言われています。犬の1年は、人間の7年に相当するのですから、我々は、猛スピードで、技術革新のスピードについていかなければなりません。さらに、インターネットビジネスは、デルのように、購買者が自分のスペックに合わせて購入する商品の仕様を決めることを可能にしました。消費者は、わがままになる一方です。

グローバル競争、技術革新、顧客ニーズの多様化により、競争優位性を維持することがますます大きなチャレンジになってきています。さらに、環境問題や貧困問題などの社会問題も加わり、まさに、OECDの序文にある通り、未来の挑戦が山積している状況です。その結果、個人は、これまでのように良い学校、良い会社という社会の決めたレールに乗るのではなく、自らの意思で、人生を選択するべき、という流れになっています。

ワールドワイドウェッブにより、それ以前の情報量の5000年分の情報が、1年間に生み出されていることを皆さんはご存知でしたか。情報の溢れる時代においては、情報を取捨選択する能力がより重要になります。また、情報を価値に転換する力が求められます。

すでに起きている新しい時代のうねりとして、2つ事例をあげておきます。一つは、社会起業家の流れ、そして、もうひとつは商業主義を超えた新しい経済活動の出現です。

最初の事例は、バングラディシュのグラミン銀行の創立者で、2006年にノーベル平和賞を受賞されたムハメド・ユヌス氏のお話です。ユヌス氏は、経済学者です。「なぜ、経済学を教えているのに、道には貧しい人たちがいるのか」という矛盾を解決するために、彼は、教室の外へ出ます。そして、貧しい人たちの生活が変わらないのは、働く意欲がないからではなく、原材料を買う7ドルのお金がないからだということを知ります。そして、施しではない、自立を促す仕組みとしてマイクロクレジットという新しい金融システムを作り上げます。今日では、世界中に、マイクロクレジットは広がっています。

2つ目の事例は、「邪悪(商業主義)にならない」を信念に持ち、検索の進化を追求するグーグルです。それまでの検索は、テレビコマーシャル同様に、検索結果のランクをお金で買うことができました。しかし、これは、商業主義的発想。「検索結果は、情報の提供者ではなく、情報の検索者にとって最良であるべき」であるという信念を守り、創業から約10年で、2兆円規模のビジネスを作り上げました。日本からも、グラミン銀行やグーグルのように社会的インパクトを与えるイノベーションを実現してくれる若者が出現してくれることを願っています。

日本の人口は、2050年に、約9200万人にまで縮小すると予測されています。もし、工業化社会的なモノづくりに興味・関心を持っているのであれば、これからは、活躍の機会は中国やインドなどの新興国により多くあるでしょう。その場合には、英語や中国語などの第2言語を使いこなせる力が求められます。また、多様性の中で、他者および自分を生かす力も問われるでしょう。

グローバルに目を向けると、環境問題、人口問題、エネルギー問題などの社会問題の解決が大きなテーマです。これらの問題は、一人の専門家で解決することはできません。政治、経済、医療、教育など、多様な専門性を融合させ、問題解決を行う必要があります。社会問題の解決に取り組みたいのであれば、リーダーシップや対話力など、専門性に加えて、チームに貢献する力が求められるでしょう。

倫理観の重要性にも触れておきたいと思います。自由競争社会において、競争優位性や成長のために、あるいは存続のため、リーダーは、あらゆる選択肢の中から、決断することを求められます。その時に、重要になるのが倫理観であり、社会貢献や存在意義の明確化です。これまでお話してきたことは、教育の多様化や自由化、あるいは、個人主義の奨励のように聞こえるかもしれませんが、選択の自由が広がった分、学校における人の道の教育はより重要なものになっていくのではないかと思います。

新しい教育がなぜ求められるのかをお話させていただきました。最後に、一つだけ、確信を持ちお伝えできることがあります。それは、変化の激しい時代において生き延びるためには、「学び続けることのできる人」でなければならないということです。

皆さんも、ぜひ、目の前にいる子どもたちが社会に出る5年後、10年後の時代に思いを巡らしてください。そして、チャンスがあれば、少しでも、人生を生きる準備を万全にするための学習を提供してもらいたいと思います。

NBC講演

日時: 2009年1月27日~29日
中国地方の3都市 ― 松江、山口、広島で、「企業の人材獲得・育成のためのパワーアップゼミ 未来型経営~社員の成長が、会社の未来を作る~」と題する講演をいたしました。今後、企業が発展していくために、優秀な若手人材が必要不可欠です。地域企業が優秀な若手人材を定着させるためには、未来型経営に変革していく必要があります。

【会社を取り巻く環境の変化】
昨年の金融危機の直後、2008年の10月にハーバードビジネススクール(HBS)の創立100周年を祝う記念サミット会議に参加しました。HBSが創立された1908年は、T型フォードの量産がスタートした年であり、大量生産・大量消費の資本主義を象徴する生産システムの始まりの年でした。それから100年後の現在、これまでの収益や成長ばかりを目的としていた企業活動ではない、地球や人類の未来を見据えた新しいパラダイム(ある時代に支配的な物の考え方・認識の枠組み)が発生してきたといえるでしょう。
その新しいパラダイムの象徴ともいえるのが、「“生きている資産”を重視する」という、新しい経営理論です。 “生きている資産”、つまり人間と自然界を重視する経営においては、短期的な経営効率のみを指標とせず、経営が落ち込んだ時にでも持ちこたえることのできる会社こそ、良い会社であると考えます。

【人が未来型経営に求めること】
個人の未来をどう作るか?というのが、現代人(特に若者達)の探している課題です。豊かな社会になったことで、従来のような会社に対する盲目的な忠誠心は無くなり、社会とのつながりの実感、自己実現の実感、組織に対する帰属欲求の高まりなど、精神的な満足度を求める時代になりました。
社員との信頼関係を築くためには、彼らに対してだけでなく、社会や法律、環境などに対しても誠実な対応が求められます。誠実さを伝えるためには、社内コミュニケーションをおろそかにしないことや、経営者を身近に感じ、その思いを知ってもらうために、経営者自身の人となりを伝えることが効果的だと考えます。会社の目標を達成するための駒として社員を動かすのではなく、個人の目標を尊重してゴールを設定することで、仕事を通じての充実感が社員の精神的な報酬となります。

【選ばれる会社の風土を作る】
それでは、選ばれる会社になるにはどうすればいいのでしょうか?まずは、最もシンプルで、お金もかからずすぐできて、効果絶大なことは、「名前を呼びかける・挨拶をする・笑顔でいる」の3つです。これらは当たり前のことですが、デール・カーネギーの『人を動かす』にも書かれているほど普遍的で、重要なことです。この3つを行うことで、パーソナルにつながっているという実感が湧きやすいのです。忙しい時ほど、「ありがとう」という感謝の言葉と、労をねぎらう「ごくろうさま」の一言を、社員や部下にかけることが必要なのです。社員を叱る時は、一つ叱ることが四つ褒めることに相当するという、「4:1の法則」を思い出してください。人を育てるためのインフラ整備だと思って、叱ることの4倍、部下を褒めてみましょう。

【選ばれる会社のリーダー達】
これまでのリーダーといえば、光り輝くカリスマ的な存在でした。しかし、今求められているのは、皆を主役にでき、皆が輝くことを応援できる組織を作れるリーダーです。それが経営者であれば、引退する時に株価が下がらないリーダーです。知的生産社会のリーダーには、実行のスピードと確実性においては、ヒエラルキー型組織として行動し、意思決定の質と合意においては、アメーバ型組織として行動できる両方のことが望まれています。
また、「自分のやる気の10分の1が部下のやる気」ということを自覚し、“自分のやりがい”と“仕事”をどう結び付けるかという方法論を持って、自らのやる気をアップできる人でなければなりません。つい自分の好きなこと(モチベーションの上がること)を皆にも押し付けてしまいがちですが、それが皆のモチベーションを下げる結果とならないよう、一人一人の「好き」の違いを理解することが大切です。 進化型のリーダーは、立場にこだわらず部下からも学ぶことができます。リーダーは、答えを知っている必要はなく、自ら学び、答えを探していくことができればよいのです。メンバーに対してどうなりたいかという方向性のビジョンを語り、1人ひとりのモチベーションを大切にし、対話を通じてメンバーのベクトルを合わせを行うことが出来れば、さらに良いリーダーとなれるでしょう。

【理想のチームと対話】
チームの取り組みが成功するために重要なのは、戦略の質よりメンバーの納得度です。トップダウンで決断してスタートすると、スピードは速いですが、メンバーの納得度は低くなります。厄介で納得が難しいことこそ、構想段階からメンバーを巻き込むことが大切です。 話し合いを行う時は、意見を出し合った後、他者の意見に対する評価を保留にして、「なぜそう思うのか?」という理由を説明する段階を持たなければいけません。メンバーの意見を様々な角度から検討し、重要度に沿って評価し、メンバー全員で決定することによって、決定事項に対するメンバーの納得度が高く、行動のスピードも高くなります。

【手作りの研修が一番】
「手作りのおいしいごはん」と「いい研修」の共通点は、愛情と栄養がたっぷりある点です。いい研修を実施するには、自社に合った手作りの研修を行うのが一番です。多くの人が困っている問題を解決するためのスキルや方法を教えるのが、研修の目的です。例えば、GEでは、新しく赴任してくる上司のために、新任上司融合研修を実施して、チームがスムーズに稼動するまでの期間を短縮しています。研修のプログラム事例を御紹介しますので、参考にしてください。
会社を取り巻く環境が変わり、パラダイムシフトが起こった現在、心の豊かさを求める時代に変わりました。これまで家庭や学校で育ってきた人を、仕事を通して社会で成長させるのは会社の担う役割です。そんな中で選ばれる会社となるために、今回の内容を「未来型経営」へ変化していく際の参考にしていただければと思います。

青山MBA特別フォーラム『ビジネススクールはキャリア形成にどのように役立つか?』

2007年10月20日に青山ビジネススクールにおいて、MBAに関する講演を行いました。

概要:
【留学の目的
私の留学の目的を整理すると、3つになります。 1つ目は、本業が衰退産業になるとき、「新規参入」する事業を選ぶ方法が知りたかったことです。当時、斜陽産業を代表する業界に、製鉄業界がありました。今は、見事に本業での競争力をつけていますが、当時は、円高による価格高騰により国際市場における価格競争力に負け、苦しい時代でした。現業における業績が芳しくない中、潤沢な資本を、次々と新規事業に投入していました。その様子をみて、資金力があれば、企業はどのような新規事業にも参入することができるのだと解りました。レストランでも、テーマパークでも、農業でもよいわけです。では、本当に、企業は、何の事業に参入しても、その事業を成功させることができるのだろうかという疑問が浮かんできました。そして、きっと、ビジネススクールでは、新規事業参入における正しい選択軸を教えてくれるに違いないと考えました。
2つ目は、「投資の意思決定」という未来に対する決断を、科学的に分析する方法を知りたいということです。経営者には、意思決定がつきものです。しかし、その当時の私には、正しい意思決定とは何なのか皆目検討がつきませんでした。どうすれば、会社に損害を被らせることなく、リスクのない、大胆な意思決定ができるのかを知りたいと思いました。

【企業価値】
企業価値という視点を学んだことも大変有意義でした。理論株価に株式総数を掛けたものが、企業の将来生み出すであろうキャッシュフローの現在価値により決まるという考え方です。そして、企業を買収する際の適正価格は、同じ会社でも買い手にとって違うという考え方に感動しました。また、それまで、無借金経営がすばらしいと私は信じていましたが、無借金企業は、借入れを起こし企業価値をさらに高める努力を放棄しているので、必ずしも良い経営ではなく、経営者が怠けていることを意味する、という話には目からうろこが落ちました。また、このような企業は、企業価値を高める力を持つ企業の買収ターゲットになり易いと言われ、思わず、実家の家業を思い出しました。

また、一方、会社を売り買いすることにすら大きな抵抗があり、会社は、従業員の雇用を確保することが、株価を上げるよりもずっと重要であると信じていた私にとっては、アメリカ的な経営にはついていけない部分もたくさんありました。しかし、世界を動かしているアメリカ経済のメカニズムを理解したことは有意義でした。

【アメリカ企業が人を大切にする意味】
また、アメリカ型経営、日本型経営という視点では、どちらにも良い点があり、弱点があるという客観的な見方ができるようになったのも、ビジネススクールのおかげです。アメリカの企業でも、良い企業は、人を大切にし、人に投資をしています。学年には、何人もIBM営業出身者がいました。彼らは、共通して優秀でした。マツダの社長になった同期生のマークフィールド氏もその1人です。友達が、「彼らは、IBM卒業生だから。」と普通に話していたのは印象的でした。「育てた彼らが、IBMをやめてしまって、IBMは平気なの?!」と考えるのは、日本人のせこさでしょうか。優秀に育てても会社を辞めてしまうのなら育てる意味がない?アメリカ人の考えはそうではないようでした。GEもそうですが、流動性は前提で、自社で育てた社員が自社で活躍しても、他社で活躍してもよいという前提で、すばらしい教育システムを自社内に持っている-そんな名門企業がたくさんあります。人を育てることで、人を大切にする米国企業のあり方にも、大いに学ぶことがあると感じました。

【多角化】
留学の目的のひとつである多角化における正しい意思決定については、明確に答えをもらうことが出来ました。それは、企業の存在意義に鑑み事業を発展させることが重要であるというものでした。

ここで、皆さんに質問です。
Q1 皆さんは、3つ星、4つ星というランキングをご存知ですか?
Q2 そのレストランガイドの名前をご存知ですか?
Q3 ミシュランというレストランガイドを作っているのは、あのフランスのタイヤ会社 ミシュランであるということをご存知の方はどのくらいいらっしゃいますか?
 
【リーダーシップ】
3つ目は、本質的な問題です。「経営」とは何をすることかを知り、自らのリーダーシップを磨くことでした。経営やリーダーシップという言葉は、概念的であり、人それぞれその解釈が違います。また、たくさんの著書も出ていますが、どの本も正しく思え、なんとなくは理解できても、実感は持てません。そこで、私なりに、経営とは何かを理解し、自らのリーダーシップを強化していきたいと考えました。

【何を学んだか】
それでは、ハーバードビジネススクールで何を学んだかについてお話をします。
1つ目は、一貫性についてです。 ハーバードの1年目は、同じクラスでの授業になります。マーケティングからスタートするクラスは、ファイナンス、IT戦略、製造管理、ジェネラルマネジメント、組織行動と企業のすべての機能についてクラスが用意されています。最初は、講義のテーマのみに集中したクラスディスカッションが、どんどん広がっていき、1年目の終わりには、マーケティングのケーススタディにもかかわらず、ファイナンスの視点、人事の視点、組織の視点、製造部門の視点と、すべての基本的な知識が統合されたディスカッションになっていきます。まさに、経営会議のように、あらゆる立場の視点が議論されるようになります。こうして、私たちは、企業経営における基本となる視点・機能を一通り学ぶことができました。さらに重要なことは、すべてのことが一貫していなければ、個別の戦略がいくらすばらしくても機能しない、結果に繋がらないということを学び、一貫性の作り方を根本から理解することができました。
 
2つ目は、意思決定をする習性です。 ケーススタディのクラスは、『コールドコール』というオープニングでスタートします。教授は、ディスカッションの口火を切る人を一人指名します。このとき、オープニングの機能が果たせないと落第ですから、ケースの準備に手抜きはできません。落第というのは、冗談ではなく、成績下位者の16名は毎年すぐには2年生にはなれず、一旦社会に出て2年間の勤務経験後に、再度2年生に復帰できるという仕組みになっています。当然、みんな必死です。また、期末試験は、必ず休みの後なので、1年間気が休まることはありません。ハーバードの2年間は、決して、楽しい思い出ばかりではありませんが、卒業して思うと、「経営者の孤独とプレッシャー」を疑似体験させてくれているのだと気づきました。確かに、このプレッシャーの中を生き抜いたことが誇りであり、卒業したことが自信に繋がったことは事実です。後に、熊平製作所で取締役になり、ケーススタディではなく、実際に資金を使う意思決定を行い、組織に対する責任を持った時、実社会における経営者のプレッシャーを知りました。そして、ビジネススクールにおけるプレッシャーは、幼稚園レベルだったのだと気づき、苦笑したものです。しかし、ビジネススクールにおけるプレッシャーと、約一千のケースの中に出てくる主人公たちの意思決定を疑似体験できたことは、冷静な判断を行う上で大変役に立ちました。

ケーススタディでは、常に、主人公の立場で考え、答えを導き出すことが求められます。1日に2つから3つのケーススタディを2年間こなすと、経営者としての判断をする習性が身につきます。経営者のプレッシャーの中で、経営判断を次々に行うビジネススクールでの2年間を経て、企業に就職したハーバードMBA卒業生の失敗は、笑い話のようですが、上司から「君の判断を聞いていないよ。」と言われることだそうです。

3番目は、ビジネススクール卒業生ならではの思考プロセスです。 マーケティングでもファイナンスでも、すべては経営環境の認識からスタートします。業界を理解し、3C(カスタマー、カンパニー、コンペティター)で自社を客観的に眺めた上で、経営判断に必要な情報が全て揃っているのかを確認し、判断を下します。また、その判断の結果として、どのようなリスクがあるのか、想定される最悪の事態は何かを考え、それらに対する対応策を考えます。また、判断を実行する上で必要な経営資源、障害となる事柄とそれに対する対処などを考えます。この思考プロセスは、2年間で習性になります。もちろん、意思決定は、実行のスタートですから、幾ら良い意思決定でも、実行レベルで間違いを犯しては、成功に至りません。そういう意味では、実行の段階が鍵を握るわけです。少なくとも、頭の中でどれだけ未来をシミュレーションすることができるか、未来の出来事にイマジネーションを広げられるかは、実行を成功させるために重要です。そういう意味では、ビジネススクール卒業生ならでの思考プロセスは、実社会で、ビジネスシーンを生き抜いていく上で、大変強い力となります。
 
さて、今でこそ当たり前になった自由競争の視点と企業価値の評価の視点は、私にとっては大変興味深いものでした。
冒頭に申し上げたとおり、私がハーバードに留学した当時は、日本の資本市場が海外に開かれる以前のことです。このため、グローバル経済と日本のビジネス社会の関係は、輸出を中心とする産業の貿易摩擦ぐらいのものでした。このため、グローバルスタンダードが何かなど私はそれまで知りませんでした。そして、初めてビジネススクールにおいて、アメリカ経済の根底にある考え方に触れ、その意味を理解する機会を得ることになりました。アメリカ経済は、あるいは、アメリカ社会はといってもよいかもしれませんが、自由競争に基づいて動いています。この自由競争の受益者は消費者であるという考え方をアメリカ人は信じています。人は、労働者として、消費者として、投資家として経済活動の利益を享受しています。自由競争は、この中でも消費者の立場に軸を置いた考え方です。自由競争は、受益者である消費者により良いものをより安く手に入れることを可能にするという考えです。

【自由競争の意味】
日本では、1994年の大店舗法の改正により、地元の中小小売業者が失業するということが問題になっていました。そして、消費者の利益と、中小小売業者の利益を、ともに確保するためのバランスを模索していました。このことに対するアメリカの考え方は、自由競争の中、顧客に選ばれない店舗は存在意義がなく、存在意義のないビジネスを存続させることは、労働者にとっても、投資家にとっても、消費者にとっても最大のメリットをもたらさないという考え方です。一方、競争力のある大店舗が出店することにより、中小小売業者も、消費者という立場で、自由競争のメリットを享受できるという考え方です。すべてアメリカ式がよいとは考えませんが、競争力のないビジネスを保護することにより、長期的には誰も利益を享受できません。せっかく保護したビジネスは、自然淘汰されていくことになります。だからこそ、経営者は、競争力や存在意義を常に強化していくことが重要だということを学びました。

なぜ、フランスのタイヤ会社がレストランガイドを作っているのかと疑問に思われませんか。ここで、企業の存在意義の話に戻ります。ミシュランの存在意義は、「移動(モビリティ)に関する進化に貢献する」ことです。旅行に行き、知らない町に行ったとき一番困ることの1つにレストラン探しがあります。だから、人のモビリティ(移動)を支援することを使命と考えるミシュランは、レストランガイドを提供しているのです。この秋には日本版も登場するようです。
 
このように、新規事業を考える時には、企業の存在意義に立ち返り、環境の変化に応じて、提供する製品やサービスを変えていけばよいのです。また、存在意義と類似した考え方に事業領域の決定があります。私の家業、熊平製作所を例にとって見ましょう。米国の同業者のディーボルトは、金融機関設備業という定義をしていました。ヨーロッパの同業者であるCHUBBは、セキュリティ業と定義をしていました。我々は、金庫製造業と定義していました。この定義の違いは、企業の成長において大きな違いを生みました。金融機関設備業と定義していたディーボルトは、金庫屋からATMのシェアNO.1へと成長し、ヨーロッパのCHUBBは、ビルのセキュリティシステム全てを提供する企業へと成長しました。我々は、提供している商品に目を向けていたために、存在意義を小さく捉え、事業領域を限定してしまう結果になっていたのでした。

会社の存在意義を明確にし、ビジョンを打ち出すことが何よりも大切であることを学んだ私は、卒業後、熊平製作所に戻り、経営ビジョン作りを行いました。金庫は、守られた空間ですが、IT化が進み、現在、多くのオフィスに見られるように、建物自体のセキュリティを階層化していくことも事業領域に加えようということになりました。セキュリティレベルを決め、セキュリティの高い空間における入室は、2人でなければ入室できないなどをデザインし、システムを設計していくことが求められます。IT化においては、PC端末あるいは、資産が情報化し、その情報を扱う社員の人たちが入室している空間をセキュリティするという、金庫とはまったく逆なことが求められるわけです。そこには、発想の転換が要求されますし、お客様の要求も多様ですので、セキュリティコンサルティングの力も求められるようになります。最近では、個人情報保護法やコンプライアンスの重要性によりニーズも高まり、ビジネススクール後に作ったビジョンの流れから生まれた事業は重要な事業のひとつに成長しています。

【リスクはなくなるか】
ビジネススクールで学べば、投資のリスクをゼロにすることができるのか?という問いについては、結論から申し上げますと、NOでした。誰もが良く知っている投資に対するリターンの考えを最初に生み出したのは、アメリカの化学会社の財務担当責任者をしていたピエール・デュポンです。今から丁度100年位前のことです。彼らは事業を進めていく中で、ある悩みにぶつかりました。それは、いくつものアイディアがある中で、どのアイディアの実現を優先させるかというものでした。そこで、生み出されたのは、投資対効果、ROIという考え方だそうです。

【バブル崩壊を予期できた】
私がビジネススクールに留学したのは、バブル絶頂期です。そのため日本企業は、ハーバードにおいても重要な研究テーマでした。イギリスの盛衰、アメリカの盛衰、そして今ピークを迎えている日本は、このまま成長し続けるのか、それとも、イギリスやアメリカと同様に、衰退するのかを何度も何度も議論しました。当時、日本企業の特性は、社員の会社に対する忠誠心、大部屋で1人ひとりが境界を作らず仕事をし、情報も流動するため組織の連携が旨く出来ること、社長も社員も給与がそれほど違わず、現場の声が経営に反映されること、改善運動が象徴する現場のIQの高さ、株式の相互持合いによるもの申さぬ株主の存在、株主を気にせず長期的視点で経営判断を行えること、等にあるとされ、ビジネススクールでは日本企業の持っていた良さを研究していました。しかし日本では、この20年間に、この良さが失われつつあります。一方、アメリカは、国を挙げて日本的経営の良さを研究し、基本に立ち返ろうとしていました。こうして、バブル絶頂の日本も、かつてのイギリスやアメリカと同様の衰退の道をたどることになりました。バブル全盛期に帰国した私が、経営環境を楽観視せず、次の手を打てたのも、この授業のおかげかもしれません。

【エンロン事件】
ビジネススクールにおいて倫理が重要なテーマになります。私がハーバードを卒業した後、エンロン事件が起きました。ハーバードの学長は世界中の全卒業生に対して次のような手紙を送りました。「世界のビジネスリーダーとして倫理のスタンダードを維持し、手本となるように」というメッセージが書かれていました。ハーバードビジネススクールのこのような姿勢には、身の引き締まる思いがしました。
 
【パジャマで登校】
ここからは、クラスメイトのお話をしましょう。 9月の始業から、日々ケーススタディの準備に追われ、プレッシャーの中で過ごしていたのですが、クラスメイトの提案により、毎週金曜日は、テーマをもって過ごそうということになりました。ある日は、ハワイのバケーションということで、真冬にもかかわらず、みんな、ウィンタージャケットの中に、アロハシャツを着て、麦藁帽子をかぶってやってきました。ある金曜日のテーマは、「今一番したいこと」でした。テニスラケットを片手にテニスウェアで教室にやってくる人、旅行かばんを持ってやってきた人など、いろいろなスタイルで登場するクラスメイトの中に、パジャマ姿で枕を抱えて登場した女性がいました。「今一番したいことは、眠ることです」といい、一同大笑いです。みんな勉強は必死でしたが、楽しむことも半端ではありませんでした。こんな切り替えができるアメリカ人を、心から尊敬しました。

【チャリティへの参加】
チャリティに参加するクラスメイトもとても印象的でした。 どんなに忙しくても、また、ほとんどの学生が学費を借り入れでまかなっているのにもかかわらず、みんな、こまめにチャリティに参加するのです。「寄付をお願いします。今回は、缶詰3個です。」些細なことでも、申し込む人、集める人、送付する人など忙しい中、手分けしてやるのです。彼らはこういいました。「私たちは、とても恵まれている。これだけすばらしい教育を受けるチャンスをもらった我々は、社会に対して還元する責任がある」と。この思想が、みんなにありました。ともすると自己中心的になる日本の成功者との懐の深さの違いを感じました。

【外国人留学生への支援】
学校は、厳しいルールで、外国人留学生の言語的なハンディは一切考慮しないということが明確なルールになっていました。これは、経営者の孤独に耐えうる強靭なリーダーを育てるためです。しかし、クラスメイトは違いました。各クラスには、クラスメイトサポーターを任命し、海外留学生や、クラスについていけない学生を常にケアしてくれました。競争社会でありながら、弱者には優しいアメリカ人に助けられた、感謝の思いで一杯です。

【天安門事件】
卒業式の朝 卒業のガウンをまとい、ハーバードヤードに集まった卒業生たちは、腕に白いリボンを付けていました。中国の天安門事件の直後でしたので、卒業生たちは、国民に対する政府の武力弾圧に抗議をするためにつけていたのです。大きな力ではないかもしれないけれど、個人の意志を主張する彼ら彼女たちの姿には最後まで教わることがありました。
   
【MBAがキャリアにどのように役立ったか?】
では、MBAはキャリアにどのように役立つのでしょうか?私の事例をお話しましょう。
私の場合のキャリアは大きく3つの流れがあります。ファミリーカンパニーで経営ビジョンおよび方針を打ち立て、熊平製作所に新たな成長の種を植えた時代、藤田田会長の下、タイラックというイギリスのチェーン店を日本で立ち上げた時代、そして、コンサルタントとして、企業の成長や改革を支援する現在です。

3つに共通なのは、企業の未来を作る、成長を支えるという目的です。しかし、業種は、「金庫・セキュリティ」、「ネクタイ・スカーフ」、「多種多様な現在のクライアント」と多様です。このように、業種にかかわらず仕事ができるのは、ほかならぬMBAのおかげです。業種業態により成功要因や求められる人材のコンピタンスは違い、企業の未来を左右する環境要因も違います。顧客セグメントの定義も違えば、競合との関係も違います。このような違いを前提に、ゼロベースで環境を眺めることができ、一貫性のあるストーリーを持ち、競争力を強化することができるのは、MBAで学んだ企業の捉え方、経営を眺める視点が役立っています。

もちろん、MBAで学んだことを実践し、失敗を通じて学んだことも全てがキャリアにおける私の武器になります。コンサルタントをする際に、常に考えることは、クライアントの立場になることです。

日本の企業は、すぐに流行を取り入れようとします。カンパニー制が流行すると、カンパニー制を導入していないと遅れているのではないか、バランススコアカード、EVAとさまざまな経営手法が流行すると、みんなが導入する。そして、このような手法を導入すれば、どの企業でも一律効果に繋がると信じています。このような判断についても、企業の置かれている環境、その手法を導入した際の効果と副作用などを考えるよう自信を持って経営者に進言できることは、とてもありがたいことだと思います。
ゴルフでも基本を学び、練習をすると強くなる。と同様に、MBAでビジネスの基本を学び、実践で学習を重ねると強くなれると考えます。

【MBAに行く価値】
私自身の経験を踏まえて、MBAに行く価値について整理をしてみたいと思います。
 
第1に、「経営の基礎」が学べます。MBAの価値は、客観的に、ゼロベースで企業の置かれている環境を把握し、未来を予測し、打つべき手を考えることが出来る力です。企業戦士として実践から学ぶと、多くの場合、判断の軸が自分の経験、特に成功体験に偏りがちです。しかし、MBAの基礎を持ち、経験を積むと、その経験は普遍的な法則になり、他の場面で応用できるのか否かも、ゼロベースで捉えることができます。ベンチャーの社長は、ビジネスを成長させる天才です。独自のマーケティングセンスを持ち、実行力でビジネスを成長に導きます。しかし、彼らの多くは、組織を作ることに関心がなく、いつまでも、“市場の変化に敏感に反応する機敏さ”という創業期の成功の法則を活用し、成長の弊害を作ります。MBAであれば、創業期、成長期、成熟期の段階に応じて、次の打つ手を考えることができます。このように、基礎力を持っていると、未経験領域に関しても、有効な手立てを考えることが可能になります。
 
第2に、「経営に必要な機能」すべてを理解できる点も、MBAの強みです。マーケティングの専門家であれ、製品や顧客に関する視点以外に、会社の置かれている財務状況、株主が求めていることを理解することは重要です。ファイナンスの専門家でも、事業の成熟度を把握し、投資戦略の方向性を想定しながら、財務戦略を構築することが求められます。経営における全ての意思決定は、一貫性を持つことが求められます。自分の責任領域が、他部門とどのような関係性にあり、何と一貫性を持つことが重要かを自ら考える力をMBAは与えてくれます。
 
第3に、「MBA的な思考プロセス」を支えるたくさんのフレームワークや視点を持つことが可能になります。5フォースや3Cをはじめ、物事を整理するフレームワークを持ち、自在に使いこなせるようになることは強みです。

第4に、「専門分野に関する最先端の知識や手法」を学ぶことができます。これは、転職のチャンスに繋がります。金融からコンサルへ、あるいは、マーケティングから経営へなど、これまでの経験にMBAの知識をプラスしてより多くのキャリアの選択肢を持つことが可能になります。
 
第5に、「ビジネススクールで出会った仲間」は、大変貴重なものです。皆、向上心が強く、学ぶ意欲が旺盛です。自己実現を目指す仲間は、貴重な財産になります。また、多様な企業で活躍しているので、お互いに貴重な情報源になることでしょう。

【日本のMBAのよさ】
では、留学と日本のMBAどちらを選択するかという視点でお話をしてみましょう。

私が留学した時代は、今ではビジネスマンの常識用語になった戦略という言葉すら日本においては存在しない時代でした。当時は、まだ、日本的経営が世界中から注目されており、アメリカでMBAをとってきましたというと、「ああ、あの短期的視点、株主ばかりに目を向け社員を大切にしないくだらない経営を学んできたのか。日本では役に立たないよ。」などと辛口のコメントを頂いたりもしました。日本のビジネス社会全体が、MBAというものを理解していませんでしたし、少なくともバブル崩壊前は、日本企業こそが正しい経営をしていると日本全体が信じていました。しかし、この18年間、企業内研修におけるMBA講座も当たり前になり、青山学院大学をはじめとする日本のビジネススクールが社会に求められる時代が来ました。

こうなってきますと、私の時代と違い、海外のビジネススクールに行く必要はありません。日本でMBAが取れる最大の魅力は、仕事を続けながら学校に通えることです。MBAに行く=会社を辞めるという決断が必要ないということです。また、仕事を続けていれば、MBAで学びながら、実際の課題に取り組めます。解決できない課題については、ビジネススクールの先生方にお知恵を頂くことも可能です。学問と実践を融合し、アクションラーニング的に学ぶことが出来ます。また、卒業後も相談に乗ってもらえる先生方がいることも強みです
 
また、海外に留学して感じたのは、米国では、米国企業の視点が中心であり、米国企業の置かれている環境が中心になるということです。その点、日本のビジネススクールでは、先生方も日本の状況に精通しており、日本企業の置かれている環境を正しく理解し、直ぐに応用できる実践情報を持てます。これは、大きなメリットです。

また、青山学院大学大学院国際マネジメント学科では、グローバル・ナレッジネットワークや、グローバル・アクションラーニングを実践しています。これは、大変魅力的です。今日において、ビジネスをドメスティックに考えることは不可能です。グーグルは、地球上のすべての情報を対象にビジネスモデルを考えており、TOYOTAは、世界1の販売台数を誇る企業にまで発展しています。ヨーロッパにおけるパリバのファンド凍結により端を発したサブプライム問題は、日本の株価や為替レートに大きな打撃を与え、フロリダのハリケーンにより、日本のオレンジジュースが値上がりするなど、私たちは、すでにグローバル経済の中に身を置いています。そして、韓国の次は、中国、そして、インドと新しい経済大国が生まれつつあります。このような時代に、MBAで、日本の論理だけで物事を考えることは不可能です。青山学院で実践しているカーネギーメロン大学をはじめとする世界10カ国のビジネススクールとの連携により、世界中のビジネスプロフェッショナルの視点を学ぶ機会を持てることは大変有意義です。

最後に、ビジネススクールに行くことが意義あるものになるか否かは、あなた次第であると思います。間違いなく学ぶ機会は与えられています。知識の豊富な先生方も揃っています。あるいは、グローバルに学ぶチャンスも用意されています。これらすべてのチャンスをどこまで貪欲に使いきるかが、勝負ではないでしょうか。

ビジネススクールで知識を学ぶだけでは不十分です。なぜなら、2007年の最先端知識は、2009年には陳腐化してしまうからです。私の教えている『アントレプレニュアーシップ』のクラスでも、昨年の最もホットな企業は、グーグルでした。今年は、リンデンラボです。来年は、どんなアントレプレナーが現れるのかわかりません。しかし、AMAZON、スターバックス、グーグル、デル、アップルなど成功しているベンチャービジネスには、成功の法則があり、成功に導く思考プロセスがあります。このような法則や思考プロセスを1つでも多く武器として自分のものにしておくことで、環境の変化においても、組織そして自らのキャリアを成功に導くことができるのではないでしょうか。

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