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教育が変わる理由

文部科学教育通信 2018.05.28掲載

5月16日に、自由民主党政務調査文部科学部会「10年後の教育のあり方を考えるプロジェクト」にて、「教育への期待」と題してお話をさせていただく機会を頂戴いたしました。その中で、教育が変わる理由を、4つに絞りお伝えしました。

今日、教育改革に向かう機運が高まる中、「なぜ変わるのか」について、まだ十分な議論が行われていないと感じます。AIに仕事が奪われてしまうといった表現、グローバル時代のための英語教育、プログラミング、暗記編重からアクティブラーニングへ と様々な変化が進んでいます。どれも、要素として間違っていないのですが、バラバラに進む教育改革は、子どもたちや先生にとっては、タスクが増えるだけといった印象になってしまうのではないでしょうか。

ゆとり教育が終わり子どもたちの多忙化が加速しています。8年前に、教育の未来を創るワークショップでも、子どもの多忙化が話題になりました。ある独身の女性が、「姪っ子と遊ぶのが大好きだったのに、小学校に入って最近姪っ子が忙しくなってしまった。なぜ、子どもは、そんなに忙しいの?」と質問しました。それを聞いた子育て経験者は、水泳やスポーツクラブ、英語、塾など、子どもたちが放課後に通う教室がたくさんあることを話してくれました。そのワークショップでは、こうした一つひとつの経験を聴きながら、その関係性をシステム図に書くことに挑戦していました。そこで出来上がった作品が、「ゆとり教育から奴隷教育へ」というタイトルで描かれた図です。子どもたちにとって一番大切な主体性が奪われてしまうという悲しい図です。

それは、同時に、先生や教育関係者を苦しめる教育システムでもありました。この10年間、たくさんの教育関係者とお話をして来ました。誰もが、子どもたちのために一生懸命です。しかし、その努力が結果に繋がらない。関係者が一生懸命になればなるほど、子どもたちの主体性を開花させる機会を奪ってしまう。そのような結果になっているのではないでしょうか。

教育改革の機運が高まることはすばらしいのですが、これまでと同じように変化を創ることが、子どもたちを幸せにする教育改革に繋がらないのではないかという危機意識があります。そこで、教育が変わる理由を4つに絞りお伝えしました。何をどのように変えるのかの議論の前に、なぜ変わるのかについて、深く理解する必要があると思うのです。VUCAワールド(変化、不確実、複雑、曖昧の頭文字を繋げた時代を表す言葉)、AI時代だから、教育改革はまったなしと批判の声が上がりそうですが、とても大きな変化が求められているからこそ、立ち止まって考え抜く必要があるのではないかと思います。

教育が変わる4つの理由

①人類の学ぶ力に限界はない!

今日の教育改革の原点は、1972年に出版された『成長の限界』ではないかと考えます。

成長の限界は、ローマクラブが資源と地球の有限性に着目し、マサチューセッツ工科大学のデニス・メドウズ博士を主査とする国際チームに委託して、システムダイナミクスの手法を使用してとりまとめた報告書です。人口増加や経済成長を抑制しなければ、地球と人類は、環境汚染、食糧不足により100年以内に破滅するだろうと警告しました。

『成長の限界』は問題提議には成功したものの、企業も、人々もそれまでの暮らしやあり方を見直す気配はなく、これまで同様に、人類は破滅の方向に突き進んでいました。そこで、ローマクラブは、1979年に、『限界なき学習』を出版します。『成長の限界』で示した「このまま放置すると、人間が作り出した科学技術で地球が破局を迎えてしまう」という危機感のもと、『限界なき学習』では、破局を避けるための方法として「学習」を提唱しました。資源に限界はあっても学習に限界はないと展望を示し、学習を革新するためには「先見」と「参加」の両方が必要であると強調しています。

2013年に出版された「2052 今後40年のグローバル予測」では、「成長の限界」から40年が過ぎ、持続不可能な方向に進んでいる地球に対して、人類が取るべきアクションを示唆しています。未来予測には、経済、環境、エネルギー、政治など30以上の分野にわたる世界のキーパーソンが参加しました。

そして、2015年には、世界がはじめて気候変動対策に協力することを「パリ協定」で合意します。同年、国連の持続可能開発目標SDGsもスタートし、人類の学習に限界がないという言葉が試される時代が本格的に始まりました。

2003年にスタートしたOECDの提唱する教育改革は、教育が目指す社会として2つの目標を掲げています。1つ目は、持続可能な成長。『成長の限界』の問題提議に対する答えを見出せる社会です。2つ目は、民主的な社会の実現。グローバル化する社会、フラット化する社会の中で新たに生まれた富の格差や移民問題を、人類は乗り越えられるのか。そのためにも、人類は「限界なき学習」に挑戦する必要があります。

②誰もがチェンジメーカー!

人類の課題が複雑化する中で、新たな機運が生まれています。アメリカで1980年にスタートしたアショカという団体は、誰もがチェンジメーカーになれる時代が到来したと言います。アショカの創業者ビル・ドレイトン氏は、社会起業家という言葉を生み出した方です。テクノロジー革新により、誰でも変化を創造する力をもつようになりました。そして、10代のうちに、小さな事柄でも、自ら見つけた課題にチャレンジすることがとても大切だといいます。チェンジメーカーの「限界なき学習」への道は、行動の主体である主体性の感覚を育む幼児期から始まっているといえます。

③みんなが社会に責任を持つ

オランダ、デンマーク、ドイツを訪問し、市民力のパワーに圧倒されました。当たり前のように、誰もが国家戦略を理解し、町を良くするために活動しています。ヨーロッパでは、クワトロ・へリックス(4重螺旋)という考え方を教わりました。市民、行政、企業、アカデミアが、同じ目標に向かって協働する社会のあり方です。当然ですが、最初から利害が一致することばかりではありませんが、対立を乗り越え、合意形成を実現する社会です。教育改革の話をしていても、一市民が、「私たちは、この道を選んだのです」と、何を優先しているのかを語ることができます。日本も、成熟社会に向かい様々な社会システムを変えていく必要があります。しかし、社会システムを変えるだけの市民力を備えていません。大きな政府に任せるという市民のあり方を変えるためには、シチズンシップ教育が必要です。

④学力の再定義

AI時代の学力のあり方については、日経新聞に掲載されたシンガポール教育相ヘン・スイキャット氏の言葉が、最も端的に表していると思います。

「あらゆる情報が氾濫する世界で、価値ある情報を見極める能力が問われる。事実(ファクツ)と意見(オピニオン)を区別し、無数の断片的な情報を結合して意味を持たせるには、受身ではなく創造的な力が要る。読み書き能力や計算力で高得点が取れても、それだけでは不十分だ」

「ロボットを創り出す人材になるか、あるいはロボットによって置き換えられる人間になるか。20~30年先の世界の姿を考えれば、情報通信を扱う能力の重みが増すのは間違いない」

社会と人々をともに幸せにする教育の実現に向けてビジョンが共有される日を心待ちにしています。

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