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仲介のレッスンで磨く主体性

文部科学教育通信 2018.06.11掲載

ピースフルスクールプログラムでは、シチズンシップを3分類に分けて考えています。その上で、子どもたちが、社会的正義を守る市民に成長してくれることを願い、プログラムを開発をしています。オランダ生まれたプログラムですが、日本でも、この教育観を大切にしています。

 

シチズンシップ教育の三分類

個人的な責任を持つ市民

法を遵守し、共同体に対しての責任を持っている。

より良い目標に向かって生きており、緊急事態には進んで助け合うことができる。

大半のシチズンシップ教育プログラムは、このタイプの市民の育成を目指す。

しかし、個人の責任だけであれば、独裁体制でも求められる。

 

参加的市民

共同体の活動に対して、積極的に参加し、物事を変革し、改良することができる。

また、政府の制度がどのように機能するかを知っている。

しかし、参加的市民の段階では、システムそのものに対して批判的に考え、アイディアを生み出すことはできない。

社会的正義を守る市民

社会的、政治的、経済的な構造に対して、クリティカル(批判的)に判断し、より良い社会にするために、新たなアイディアを生み出すことができる。また、そのアイディアを実行に移すことができる。

正義を守る市民を育てる教育観

子どもたちが、自分の生きる社会である学校で、社会的正義を守る市民になることを目指します。

この教育理念に共感していただき、佐賀県武雄市にある武内小学校でピースフルスクールをスタートしたのは、今から、5年前のことです。5年目になる今年、初めて5、6年生に喧嘩の仲介の仕方を学ぶ授業を行いました。すでに、上級生たちは、1、2年生の喧嘩の仲直りを助けてくれているのですが、ピースフルスクールの求める仲介の仕方は、いつもの要領とは、少し違います。

喧嘩をしているお友達を助ける時には、助けに入る許可をもらうことから始めます。子どもたちが、自らの意思で喧嘩の問題を解決することが大切だからです。仲介者は、あくまでも支援の役割を担います。仲直りをするのは、喧嘩をしている当事者同士です。このため、仲介する許可を得た上で仲介をスタートさせることが必要になります。「あなたに、その意思はありますか」それを確認しないまま、仲介者の意思だけで進めることはできないのです。とても小さいことのように感じるかもしれませんが、常に、そこに意思があることを確認することが、主体性を守り、育てるために大切なことであることを、ピースフルスクールプログラムは教えてくれます。

冷静に話し合う

忘れてはいけないことは、怒りの温度計を下げること。すでに、怒りの温度計については学んでいるので、怒ると温度計が上がることを、武内小学校の子どもたちは知っています。怒りにもレベルがあります。レベル1は、不満やイライラ。レベル2は、カチンとくる、怒る。レベル3は、激しく怒る、怒り狂う。こんな風に、怒りの温度計は上昇するから、今の自分が温度計のどこに位置しているのかを知ることが大切。そして、怒りの温度計が上がったら下げるために、深呼吸したり、10数えたりと、色々な工夫ができることを学んでいます。感情のコントロールができない時は、話さないというルールもすでに共有されています。仲介でも、同様に心を落ち着けることを求めます。そして、いよいよ仲介が始まります。

出来事と気持ちを振り返る

次に、仲介者が行うことは、それぞれの言い分と気持ちを尋ねることです。喧嘩を振り返り、何が起きたのかについて共通の認識を持つことが目標です。そのために、一人ひとりに、何が起きたのか、どんな気持ちなのかを尋ねます。出来事と自分自身の気持ちの両面から振り返りを行うことが、仲介者の支援によりスムーズに進みます。夫々の意見が出揃ったら、仲介者が何が起きたのかを要約します。事実関係について、お互いの認識が一致することが大事です。

仲直りの方法も自分たちで考える

事実に対するお互いの認識が一致したら、次は、仲直りの方法を模索します。この際にも、仲介者がアイディアを出すことはありません。あくまでも、当事者に考えてもらいます。

仲直りのアイディアを夫々から聞き出し、当事者の出したアイディアを要約するのが、仲介者の役割です。最後に、両者の合意を確認した後は、実際に仲直りをしてもらいます。仲直りができたら、最後に、褒めることも大切なことです。こうして、仲介が完了します。

自分の問題は自分で解決できる

仲介のステップは、自立と共生を学ぶ教育観を反映しています。自分の問題は自分で解決できる人になるための練習でもあります。喧嘩の仲直りだけが目的ではなく、自分で、喧嘩の仲直りができる人に育つことを目的にしたステップです。

授業の最後に、仲介について何を学びましたかと尋ねた際に、ある男の子が、「勇気を作る」と言ってくれました。喧嘩をしても、話し合えば解決できること。介入することで、仲直りを助けることができること。この経験が、次の勇気に繋がるというのです。本当に嬉しいメッセージでした。たくさんの経験を積んで、勇気を作って欲しいと思いました。

学年を超えて約束事をもつ

1、2年生に対して、仲介が実践できるのは、学校全体が、幾つもの約束事をすでに共有しているからです。意見が違うのは当たり前なので、対立は悪いことではないこと。対立をけんかにしてしまうことが悪いことで、話し合いで解決をすることが大事ということ。喧嘩は赤い帽子、話し合いは黄色い帽子と、みんなが覚えていてくれるので、仲介者も、喧嘩をしている当事者に、黄色い帽子をイメージしてもらいやすいです。

青い帽子

子ども達は、もう一つ青い帽子も学んでいます。自分の意見を言わないで、我慢することです。喧嘩ではないのですが、実は、青い帽子も良くないことであることを学びます。赤い帽子も、青い帽子も、見え方は違いますが、Win-Loseであることには、違いがありません。我慢を続けていると、問題は表面には現れませんが、本人は、楽しくありません。人と人が、お互いに思いやりを持つ社会ではなくなってしまいます。ちゃんと自分の考えを述べて、対立があったら、話し合う。これが基本です。また、子どもたちは、感情リテラシーを高めるレッスンもたくさん行います。自分の気持ちを言葉にすることができ、同じ状況でも人の気持ちが違うことを理解できると、他者の気持ちに共感することが自然にできるようになります。

オランダの子どもたち

オランダの小学5年生の仲介者のお話を聞いた時の感動は、今でも忘れることができません。オランダでは、小学5、6年生が、小学校(日本の幼稚園と小学校に当たる)全体の喧嘩の仲介を、当番で毎日行います。当番の一人が、「私たちは、どちらの肩を持ってもいけないのです。私たちは、問題を解決するわけではありません。あくまでも、当事者同士が仲直りをする際の支援を行うのです」と私に仲介の役割を説明してくれました。自立と共生の力を育み、正義を守る市民を育てる教育が、日本でも当たり前になる日が待ち遠しいです。

 

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