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民主化するソサイティー

2018.05.14文部科学教育通信 掲載

企業経営の世界にも、民主化の波が押し寄せている。

 

シチズンシップ教育

オランダのシチズンシップ教育ピースフルスクールを通してデモクラシーについて学んだ。デモクラシーは、多様な人々が安心して共に生きることを可能にする。デモクラシーは、対立を前提としている。多様な人々が、自らの考えを述べることが許可される。意見の対立を話し合いで解決し、共に社会を創る責任を持つ。民主的な社会を実現する人々には、多様性が共に生きることができるという信念がある。

日本の教育を受けた私にとって、この考えに最初に触れた時、とても新鮮に感じた記憶がある。学校でも、社会でも、異質な人は排除される社会だ。異質な人はマジョリティに同化することで存在が可能になる。そんな社会に生きていると、デモクラシーを体験する機会がない。だから、多様な人々が自由に発言をする様子を想像すると、混沌とした社会になるのではないかという心配があった。しかし、ピースフルスクールが子どもたちに教える内容を学ぶ中で、主体性を育むことで初めて、共生社会を創れる人になるということを知り、日本に欠落しているのは、主体性の教育であるという結論に至った。自分らしさを守ることと、共生社会を創ることの2つの責任を持つ人が、デモクラシーを実現できるのだ。

シチズンシップ教育に、8年間取り組み、日本のダイバーシティ推進を眺めると、同じ課題に行き着く。企業では、LGBTをはじめとする様々なダイバーシティ教育が進んでいるが、根っこの部分では、私同様、多くの人たちは、デモクラシーを良くわかっていない。多様な人々を尊重することはできるが、ダイバーシティを包摂する組織創りに到達しない。多様性を受け入れることができるようになったことは大きな進歩だが、多様性の包摂が実現するのは、これからである。

 

経営の民主化

そんな中で、経営の世界にも、民主化の波が押し寄せている。経営の民主化を促進するティールやホラクラシーという新しい組織論だ。ディールとホラクラシーは、それぞれ主張する人が異なり、その手法にも違いがあるが、共通するのは、ヒエラルキー組織を解体させて、完全にフラットな組織を実現する組織論であること。企業経営にも、デモクラシーを導入することを提唱している。非管理型組織の中で、人々はやりがいを持ち、主体的に行動することができ、組織全体もその方が強くなるという主張だ。

はじめに、非管理型組織の存在を知った時、そんな組織がうまく機能するとは思えなかった。どうやって、一つの組織として、方針が徹底できるのか、大きな決断は誰がするのか等、次々と疑問が湧いてきた。しかし、日本でも、非管理型組織を実践している企業があることを知り、それが実現可能なものであるという考えに変わった。

管理者のいないフラットな組織に興味を持ち、IT企業を訪れると、組織のフラット化は彼らにとって常識であることが解る。彼らにとって、ヒエラルキー組織や、フォーマルな上下関係、忖度文化の方が不慣れな世界のようだ。ネットの世界では、オープン、フラット、シェアリング、透明性が常識で、その世界で育った若者にとって、それはネットの世界だけの常識ではなく、ライフスタイル全体に当てはまる。こうして、テクノロジー革新が、人々の物の味方や価値観を変え、その結果、社会を変えいく。この流れが止まらないとすれば、我々の生きる社会は、今後益々民主化することが容易に想像できる。そんな中で、ヒエラルキー組織が常識であると考える企業においても、民主化の流れが進んでいくのだろう。

 

ラリーとサーゲイの予言

「インターネットが民主的な社会を可能にする」と予言したのは、グーグルの創業者ラリーとサーゲイだ。グーグルが世の中に生まれる前、検索エンジンは、テレビコマーシャルのように広告宣伝費の値段に合わせて検索結果が表示されていた。検索エンジンの世界が民主的に運営されなければ、病気のお母さんのために本当に必要な薬を見つけ出すことができない。「そんな世界は間違っている」 ラリーとサーゲイの強い信念がグーグルを誕生させた。グーグルは、民主的に検索結果が表示されるインターネット上の検索システムを実現した。グーグルが、検索事業で収入を得るのではなく、広告で収益を得る事業モデルを実現したことで、我々は、地位や年齢、所得に関係なく、誰でも、同じように検索エンジンを通してウェッブ上の情報にアクセスすることが可能になった。ラリーとサーゲイは、間違った世界を変え、お金で検索結果が操作されない社会を実現した。こうして、彼らの予言通り、インターネットの世界の中で、民主的な社会を実現した。無論、テクノロジーは完璧ではなく、真の民主化が公正な判断に至るとも限らない。しかし、ネットにアクセスする力を持っていれば、誰でも膨大な情報に平等にアクセスすることが可能になり、同時に、善いアイディアを地球全体に広めることも容易になった。誰にでも、世界を変えられる時代が到来している。

 

フラット化する世界

トーマス・フリードマンが、「フラット化する世界」(日本経済新聞社)を書いたのは、今から10年以上前の2005年だ。テクノロジー革新が人間社会にもたらした影響は、我々が想像する以上に大きい。特に、その影響が負のインパクトとして現れる時、その影響力に驚かされる。2008年に起きたリーマンショックは、世界の経済が網の目のように繋がっていることを可視化した。アメリカのサブプライム住宅ローン危機に端を発したリーマン・ラザーズの破綻は、世界の金融市場に大きな打撃を与えた。同時に、金融資本主義が限界に来ていることを世界が実感した。

テクノロジー革新が実現したフラットでオープンな社会の特徴は、透明性にある。世界の富の格差も可視化され、疑問視されるようになる。人道的な理由と、持続可能な経済発展の2つの理由により、世界は富の格差を是正するために協力を始めた。2015年にスタートした国連の持続可能開発目標SDGsは、貧困の解消を、大きな目標に掲げている。フラット化する世界には、光と影が存在するが、世界は善い未来に向けて協働できるという希望を捨てていない。

 

新たな価値

テクノロジー革新は我々の生活を豊かにした。インテル共同創業者のゴードン・ムーアは、今から50年以上も前の1965年に、半導体業界において、一つの集積回路に実装される素子の数は18ヶ月ごとに倍増すると述べた。それから、半世紀が過ぎ、我々は、パソコンや携帯端末の進化を通してムーアの法則を実感することとなった。

テクノロジー革新がもたらした新しい価値は、フラット化、オープン化、ネットワーク化、透明性、柔軟性だ。ヒエラルキー組織の特徴はその真逆で、階層、クローズ、分断、不透明、硬直だ。そう考えると、従来の組織のあり方が、これからも同様に続くことはないという予測ができる。

 

未来の組織

テクノロジー革新が組織にもたらす変化は、企業経営の民主化だ。民主化された組織は、そこに集う一人ひとりの意志と選択により創られる。組織に存在する一人ひとりが、気持ちよく活躍できる組織のあり方を選ぶことが可能な時代の始まりである。日本でも始まっている働き方革命とも無縁ではない。

ミレニアム世代は、階層を上がることに興味がなく、パーパス(目的や社会的意義)にこだわる傾向があるといわれる。これは、世界共通のトレンドだ。日本では、それを「野心がない」と捕らえる人がいるのは、残念なことだ。彼らは、工業化社会の負の遺産を引き継ぎ、環境問題を解決しなければならない。経済活動においても、成長よりもパーパスを大事にするのはこのためだ。生まれた時からインターネットの世界に生きる彼らにとってフラットにネットワーク化する社会の方が自然で心地よいのだ。日本は高齢化した縦社会なので、29歳以下が人口の75%を占めるアフリカの国のように、ミレニアム世代の物の見方が社会通念になりにくい。若者が創りたい未来の組織を実現するために、ヒエラルキー組織が当たり前と思う我々にも、発想の転換が求められる。

民主化する時代に生きる子どもたちが人生の準備を行う教育を実現していきたい。

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