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楽しく学ぶ

文部教育科学通信 2018.02.26掲載

ビジネス研修の中でも多くの人にとって最も楽しみにくいテーマの一つに、財務会計があります。もちろん、数値を扱うことが大好きで、財務会計を楽しく学んだ経験を持つ方もいらっしゃると思いますが、一般的には、「楽しい!!」と叫んでいる人に、あまりお会いしたことがありません。

そんな財務会計を、楽しく学ぶ教育プログラムの魅力を、学習理論の観点から捉えてみました。

 

経営シミュレーションゲーム

 

アメリカで生まれ経営シミュレーションゲーム インカムアウトカムに出会ったのは、今から、20年前のことです。世界中で企業研修にこのゲームを使用しているフランスの企業から、日本語化を依頼されました。

この企業では、工場現場から本社まで全ての人たちが、財務的な共通言語を持つためにこのプログラムを活用しています。

最初にこのプログラムを実施した際の驚きは、忘れることができません。財務会計という学ぶために忍耐の必要なテーマを、これほどまでに楽しく学ぶことができるのか!!! 日本語化されたこのプログラムは、国境を超え、今では日本でも人気のプログラムになっています。

このプログラムでは、6つのチームに分かれて、会社経営を行い、経営の意思決定と財務諸表の関係について学びます。決算を繰り返す中で、自然に財務用語を学び、損益計算書、貸借対照表、キャシュフロー計算書の3つの財務諸表が理解できるようになります。企業の実際の決算ほど細かくはありませんが、基本となる会計用語とその概念が理解できるようになりますので、実際の決算報告書を理解する力が習得できます。 興味深いのは、財務というレンズを手に入れることにより、これまでのビジネス上の経験に基づく気づきがたくさん現れてくることです。

製造部門にいる方が、なぜ営業が我々の製造する高品質な商品の値段を下げてしまうのか、その理由が解りました。なぜ在庫を減らす必要があるのか解りました。経営者の苦労が解りました等々、自分の役割を超えた視座を手に入れることができます。

座学の2日間のプログラムでは、ケーススタディのアプローチを活用しても、ここまでの気づきを得ることは容易ではありません。これが楽しく学ぶ効果なのだと思います。この学びの体験に久しぶりに触れ、マルチプルインテリジェンス理論に通じることに気づきました。

 

マルチプルインテリジェンスとエントリーポイント

 

日本教育大学院大学時代に、日本MI研究会 Japan MI Society 会長の上條雅雄氏にご講義いただいたマルチプルインテリジェンスの講義からマルチプルインテリジェンスと学びの入り口(扉)の概念をご紹介します。

人のインテリジェンスは、IQに代表される言語、論理的・数学的な2つのインテリジェンス以外にも6つあり、その相対的な強さと弱さの組み合わせから成り立っていると言われます。8つのインテリジェンスとは、言語、論理的・数学的、音楽、空間的、身体・運動感覚、博物的、対人関係、内省的インテリジェンスです。

 

教育へのアプローチ

マルチプルインテリジェンスを発見したハワード・ガードナー教授は、教育へのアプローチの最も大きな可能性はインテリジェンスのプロファイルの概念から発展するといいます。

8つのインテリジェンスに合わせて「8つの異なるレッスン」を組む必要はないといいます。一人ひとりの「インテリジェンスの組み合わせ」を育くむ、豊かな学ぶ経験の場を設計することが大切だといいます。

いかに豊かな、ためになるテーマでも、どのような教える価値のあるコンセプトでも、人は、いくつかの異なる仕方で近づくことが出来ると言います。テーマは同じでも、そのテーマに入る快適な入り口はインテリジェンスにより異なります。マルチプルインテリジェンス理論では、この入り口を、エントリーポイントと呼びます。

 

エントリーポイント(扉)

  • 説話的エントリーポイント : 物語や話すことで課題のコンセプトを伝える。
  • 論理的エントリーポイント : 論理的プロセスに訴えて、コンセプトに近づく。
  • 量的エントリーポイント : 数量や数量的関係をあつかう。
  • 根拠的エントリーポイント : そのコンセプトの哲学的、述語上の面を考察する。 <なぜ>のような質問に向く。
  • 審美的エントリーポイント : 生活経験に対して芸術的スタンスを好む学生の心に訴え、少なくとも注意を引くような知覚や外観上の特徴に重きを置く。
  • 経験的エントリーポイント : コンセプトを具体化したり、伝える材料を直接扱う<hands-on アプローチ>と良く習得出来る。
  • 共同制作エントリーポイント : 他の同僚と心地よく勉強する学生はグループ活動などから大いに学び、その中で各自がグループ内で個性を発揮して貢献をする。

 

※引用:上條雅雄氏ご講義資料

 

マルチプルインテリジェンス理論に基づけば、熟練した先生とは、同じ概念(コンセプト)に異なる複数の窓を開けることが出来る人であるということになります。

 

複数のエントリーポイント

論理的、量的、根拠的、経験的、共同作業の5つのエントリーポイントが先に紹介したプログラムには確実に含まれています。視覚的に物事を捉えるために用意されたツールを考えれば、審美的も含まれる可能性があり、会社が発展する経営は、説話的とも言えます。そう考えるとどのようなインテリジェンスの持ち主にも、扉が用意されていると言えるのでしょう。

 

 

理解の4本足 ハーバード教育大学院で行われている理解のための研究では、学校教育の、教育の課題を馬の4本足にたとえて紹介しています。本当の理解には、目的、知識、方法、形式の4本足が必要で、知識だけの1本足では、馬は走ることができないと言います。

 

Purpose(目的)

  1. 知識を活用する目的の意識
  2. 知識の多様な使用とその結果の認識
  3. 主体性と自主性

Knowledge(知識)

  1. 変換された直観的信念(教わったのではない生来の信念は学校教育の幾年後においても強固である)
  2. 理路整然とした豊かな概念体系

Method(方法)

  1. 健全な疑念
  2. 領域内の知識の構築 (その領域の専門家ならどう考えるか)
  3. 領域内の知識の正当性の認定

Form(形式)

  1. 実践ジャンルの専門的技能(知識)
  2. シンボルシステムの効果的使用
  3. 受け手と文脈への配慮

 

※引用:上條雅雄氏ご講義資料

経営シミュレーションゲームの学びが、なぜ楽しく、かつ、深い理解につながっているのかを、エントリーポイントと、馬の4本足に照らして考えるととても解りやすいです。

 

目的

ゲームを通して、意思決定を行う中で、財務会計はなくてはならない知識であり、自分たちの意思決定の評価指標となるため、良い経営を行う手段として財務会計の知識が不可欠なものとなります。学ぶ目的は、財務会計そのものではなく、よい経営であり、その手段として不可欠な知識が財務会計ということになります。

 

知識と方法

ボード上に人生ゲームのように表される財務の結果は、視覚的にも解りやすく、財務会計の専門家がゲームに参加しても感動するほどの精度であり、初心者でもわかるシンプルさがあります。数値に慣れている人も慣れていない人も、同じ目線で議論に参加できる環境が整えられています。その結果、財務会計の知識、経営判断の財務的インパクト、自らの仕事への活用について学ぶことができます。

 

形式

経営の意思決定の結果は、数値で表され、6社の経営判断の違いが、どのような財務的な成果につながっているのかを知ることができます。意思決定の結果を決算として表し、他社の結果との比較を行うというゴールが明確なことも、学びを促進する理由なのでしょう。

 

マルチプルインテリジェンス、エントリーポイント、理解の4本足を通して、経営シミュレーションゲームを眺めていると、なぜこのゲームが楽しいのかがよく理解できます。これらの理論が、学校教育のみでなく、成人教育にも当てはまる大事な理論であることを改めて実感しました。

テクノロジー革新により、誰もが自分のエントリーポイントに合わせた学びを手に入れる日は、そう遠くないことを願いたいです。

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