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保護者の皆様との対話

文部科学教育通信 No.422 2017.10.23掲載

先日、小学1年生の保護者の皆様に、クマヒラセキュリティ財団で展開しているシチズンシップ教育ピースフルスクールについて講演を行う機会を頂戴しました。オランダで生まれたピースフルスクールは、幼稚園、小学校で子どもたちが自立する力と共生する力を育む教育プログラムです。保護者の皆様に、熱心にお話を伺っていただき、とても貴重な機会となりました。

 

小学生への期待

保護者の皆様にお話をすることで、2011年震災直後の4月に、始めてピースフルスクールに出会い感動した思い出が蘇りました。世界一こどもが幸せな国オランダの教育を知りたいと思い、オランダ教育視察ツアーを企画していたのですが、東北大震災が起き、視察ツアーは中止になりました。そこで意を決し、一人で視察に行くことにしました。ちょうど、その時、大学に入学したばかりの息子を誘い、2人での視察となりました。

 

ピースフルスクールでは、小学5、6年生が、学校中のけんかのメディエーションを行います。民主性を教える教育ですから、人と意見が違うことは当然で、対立は当たり前であることを子どもたちは教わります。その上で、対立をけんかに発展させてはいけないし、けんかをしたら必ず話し合いにより仲直りすることが必要であるということを子どもたちは学びます。

 

訪問した小学校では、メディエーターを担当する6年生の男の子と女の子の2人にインタビューもさせてもらいました。その時の衝撃は、今でも忘れることができません。「私たちは、問題を解決するのではありません。けんかをしている当事者が、話し合い問題を解決することを支援します。私たちは、どちらの立場に立ってもいけません。中立の立場で、お互いの言い分をお互いが聞き合い、理解することを助けます。状況に関して、お互いの理解が一致したら、当事者が問題を解決することを支援します」メディエーターの説明を聞きながら、自分が恥ずかしくなったことを今でもはっきりと覚えています。私は、小学生に負けていると正直思いました。

 

メディエーターは日替わりの当番制になっており、一日2名が担当するので、ひとつの学校には、10名から12名のメディエーターがいます。メディエーターに志願をし、なぜメディエーターになりたいのかについて作文を書き、選抜された方たちのお話を聞いた訳ですから、すべての子ども達が、彼らと同じという訳ではありません。しかし、メディエーターの子どもたちは、とても落ち着いていて、人間としての成熟度がとても高いと感じました。

 

同時に、私は、小学6年生にこのような姿を期待していただろうかと自分の子育てを振り返りとても反省しました。対立を話し合いで問題解決するという姿勢を十分もっているだろうかと、私自身のあり方を振り返りました。そして、ピースフルスクールを日本で広めようという決意を固めました。

 

一緒に視察に行っていた息子には、まず謝罪をしました。「私は、小学生のあなたに、ここまでの期待をしていませんでした。本当は、期待することができて、期待をすれば、あなたもここまでできたのですね」息子は大学1年生で、私の子育てがちょうど終了した年に、このような対話を息子とすることになるというのも、なんだか複雑な思いでした。一生懸命子育てしたはずなのにというとても残念な気持ちです。

 

日本で、メディエーターのお話をすると、なんだか子どもらしくないという印象を持たれる方が多いのですが、決して、オランダの子どもたちが、子どもらしくない訳ではありません。校庭で元気に遊ぶ様子は、日本の子どもたちと一緒で、あどけない笑顔がとてもかわいいです。しかし、幼稚園児も小学生も、教室に入るととても落ち着いています。社会における責任というものを学んでおり、教室は学ぶ場所ということを理解しているからの様です。

 

社会的情緒的発達

日本にピースフルスクールを紹介するために、教材を翻訳し、何を教えたら、あのメディエーターのような子どもが育つのかを学びました。たくさん驚いたことがありましたが、最も大きな驚きは、子どもたちがとてもたくさんの小さいことを学んでいることでした。日本では、いきなりメディエーターの手法を学び、話し合いで問題を解決することを促すというのが普通だと思いますが、ピースフルスクールでは、その前提としてたくさんの学びがデザインされています。

 

一番大切なことは、社会的情緒的な発達の支援です。子どもたちは、幼稚園の頃から、うれしい、悲しい、怒るなどの基本となる気持ちについて学びます。顔の絵をみて気持ちを当てたり、人形劇に出てくるトラやサルがどんな気持ちなのかを考えます。そして、自分がどんな時にうれしい気持ちになるのか、悲しい気持ちになるのかを考えたり、同じ状況でも、お友達と自分の感じ方が違うことを学びます。こうして、子どもたちは、自分の気持ちを知り、言葉にすることができるように成長します。

 

授業のはじめには、先生が、「今日ピースフルではない人はいますか」と子どもたちに尋ねます。すると、「おばあちゃんが田舎に帰って寂しい」「お兄ちゃんとけんかをした」など、次々とピースフルではない話をしてくれます。先生は、その話に深く入り込むわけではありませんが、会話を通して、今、一緒にいるみんながどんな気持ちなのかをお互いに知ることができます。このようにして、子どもたちは、目に見えない「気持ち」を認知する力を磨きます。メディエーションの手法を学んでも、冷静ではない子どもたちを相手に話し合いを行うことはできません。自分の気持ちを認識することができ、怒りをコントロールする力を磨くことによってはじめて、けんかをしている相手と落ち着いて話し合うことが可能になります。

 

ピースフルスクールでは、日々心の扱い方を磨いているのです。自分の気持ちを知り、自分の気持ちを言葉にすること、そして、怒っている時は、その気持ちを自己認知し、冷静になることができるための訓練を、普段から行っています。ピースフルスクールを学び始めてから、私も、怒りをコントロールする力が以前よりも磨かれたと思います。

 

保護者の皆さんには、お内でできることとして、お話をする際に、出来事の共有だけでなく、気持ちにも触れる習慣を持つと良いとお伝えしました。大人の多くが、「今の気持ちを教えてください」といわれても、すぐに答えられないというのが現実ではないでしょうか。自分の気持ちを認識することを習慣化し、その気持ちを伝え合うことができるようになることが、ピースフルな社会を創る上でとても大切です。

 

自己肯定感

質疑応答では、自己肯定感がどうすればあがるのかという質問がありました。親の愛情が一番というお話をしました。自分の存在が歓迎されているという実感があると、自分の存在そのものに対する自信を持つことができます。人生には、うまく行かないこともあり、社会にでれば、自分の意見や存在を否定されたと感じるような場面もあります。そんな時でも、自分で自分を肯定的に受け止めることができる背景には、親や家族から愛情を受けた経験があります。

 

ピースフルスクールでは、先生が朝、教室の入り口に立ち、子どもたちを歓迎する習慣があります。家族の中で育った子どもたちがはじめて参加する社会である学校でも歓迎されているという実感を持ってもらうためだそうです。こうして、学校でも自己肯定感を育めるように配慮をしています。

 

すべての子どもたちにピースフルスクールが届けられるように頑張って行きたいと思います。

 

 

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